釣り船にて

　船を噛み砕かれながら、ようやく陸に近付いた。
　スクリューが砕かれた後の慣性で、船は桟橋に突っ込んだ。
「走れ！」
　私と船長は、甲板に飛び出す。
　沈みかけた船から見える桟橋は胸よりも上にあった。
　手だけ桟橋に引っかかり、身体を持ち上げる。
　左足が思い切り引っ張られた。
「止まるな！」

　船長が怒鳴り、私の手を引き、桟橋を陸に走る。
　そのすぐ背後に風を感じて振り向くと。桟橋にシャチが乗り上げていた。
　海辺から５０メートルも離れて、ようやく私たちは足を停めた。
　左足を見ると、履いていた筈の長靴がなくなって、足先が半分ちぎれて血が溢れ出ていた。

　漁師と海上保安庁で探したが、例のシャチは見つからずじまいだったという。
　やり過ぎたと思って遊び場を変えたというのが、船長の見立てだった。
　あれが海にいると思うと、どこの海釣りも恐ろしくて行く事が出来ない。
　趣味を替えようか。
　道具一式も、沈んでしまったし。