開かずの踏切の向こうは
投稿者:ねこじろう (147)
一瞬、織田の記憶の片隅にある歯車が動く。
佐藤はハイボールを一口飲むと、続けた。
「当初、会社の人間は皆、何であんな人が自殺したんだろう?と話していたんだが、後から少しずつ理由が分かってきたんだ。どうも彼女妊娠していたみたいで、その相手というのが、あの杉山だったみたいなんだよ。」
「え!?杉山課長は既婚者じゃなかったっけ?」
織田の言葉に苦々しげに頷くと、佐藤はまた口を開く。
「まあ、男と女だからな。いろいろと拗れたんだろう。でも結局、あのクソ杉山はケジメをつけきれず、大野さんは自らの命を絶ったというわけだ」
織田は、佐藤の震える肩を、ただ無言で眺めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてとうとう休日前の金曜日の朝に、事件は起こる。
いつもの通り、織田が定時に出社すると、オフィスは異常な空気に包まれていた。
室内中央辺りに呆然と立ち尽くす佐藤。
その顔は青ざめていて、手には血のついた果物ナイフらしきものを握っている。
足元にはスーツ姿の社員が、くの字になり倒れていた。
その周りを取り囲むように立っている社員たちは深刻な顔で口々に「なあ、落ち着け、落ち着くんだ」と宥めている。
ナイフを握る佐藤の右手はブルブル震えていて、白いワイシャツには、あちこち赤い染みが出来ていた。
「佐藤、、、」
織田が声をかけると、佐藤はハッと我に返ったような顔になり、取り囲む社員たちをかき分け、真っ直ぐエレベーターのところまで歩くと、乗り込み扉を閉める。
その凡そ5分後、
佐藤はビルの屋上から身を投げた。
杉山課長は腹部を刺されて重症だったが、一命は取り止めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カンカンカンカン、、、
踏切の警報音が鳴り響いている。
佐藤の葬儀が行われた日曜日の朝、葬儀会館を出た織田は喪服姿のまま、あの【開かずの踏切】の前に立っていた。
今朝も長いですねえ、、、
間延びした声がするので横を見ると、いつもの老婆が皺だらけの顔を織田の方に向け微笑んでいる。
彼は何かを思い出したような顔をして後ろを向くと、険しい顔をした人たちをかき分け、歩道を東に歩きだした。
しばらくすると、あの高架下の入口はあった。
彼は迷わず中に入ると、暗いトンネル内を歩き、反対側に出る。
和紙に墨汁を溢したような空の下
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。