開かずの踏切の向こうは
投稿者:ねこじろう (147)
オフィスはいつも通りの活気だ。
社長の訓示は定刻通り9時から始まり、その後彼はパソコンの前に座ると、通常業務をスタートした。
だが頭の片隅には今朝のあの不思議な出来事が、消えずに居座っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
終業のベルが鳴った。
織田がパソコンの前で目薬を射していると、システム課の佐藤が声をかけてきた。
「なあ、ちょっと相談したいことあるんだけど、帰りに居酒屋でも行かないか?」
佐藤は織田と同じ年齢で同じ大学の出身であり、会社では彼の先輩になる。
ちょうど織田も今朝の件で心がモヤモヤしていたから、付き合うことにした。
その居酒屋は、テナントビルから歩いてすぐの商店街にある。
月曜日ということもあって、店内に客はまばらだった。
織田と佐藤は2人、奥のカウンターの真ん中に座って酒を酌み交わしながら、談笑している。
小一時間ほど経った頃だろうか
「ところで、相談というのは、どんなこと?」
なかなか切り出さない佐藤に、織田はとうとう自分から話をふる。
佐藤は生ビールを一口飲むと、しばらくうつむいていたが、ようやく口を開いた。
「俺、死にたいんだ」
「え?」
「上司の杉山課長がどうにも苦手でな。
今日みたいな月曜日の朝とかに出勤する前なんかは、めまいや吐き気までするんだ。
仕事上ちょっとミスしただけで、とにかくネチネチしつこく叱責するし、俺がたまに出来の良い企画案を立案したら、全て自分の案として上に報告する。
奴は人として最低の部類だよ」
そう言って佐藤は生ビールを一気に飲み干した。
「まあ確かに、あの課長、社内でも評判良くないけど、何も死ぬことはないだろう?」
織田が佐藤の思い詰めた横顔に向かって言うと、
「それだけじゃないんだよ!」とカウンターを叩いた。
「何か他にもあるのか?」
織田が尋ねると佐藤は深く頷き、続けた。
「お前がまだ入社する前のことなんだけどな、うちの課の一人の女性社員が自殺したんだ。
大野明代さんといって一つ上だったけど、いつも白いスーツで背筋を伸ばし颯爽と歩いていて、すごく有能で美人でしかも独身で社内でも人気があって、俺も密かに憧れていたんだ。
それが去年のちょうど今時分だったかな。
そう、あれは今日のような月曜日の朝だった。
大野さんはうちのテナントビル屋上から飛び降りたんだ」
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