くしがた
投稿者:colts01 (1)
正直今あそこへは戻りたくありませんでしたが、今度は一人ではないおかげか幾分か気は楽でした。
それにしてもあれってなんだろう。
敷地へ続く入口が見えて来た時、男性はあれっと思いました。
入口の横、林の中に何かが見えます。
月明かりでうっすらとしか見えませんが、何か大きな物です。
どんどん近づいていき、女性がその物の前で立ち止まった時、それが何なのか分かりました。
それは板金で出来ている小屋でした。
壁はサビで赤黒く変色しており、窓が一つついていますが中は真っ暗です。
正面の扉の横に板が立て掛けられていて、何か文字のような物が書かれています。
これは何の建物だろう?
管理人が使っていたのか、それとも工事用に使われていたのか。
そんな事を考えていた時ふと疑問が起こりました。
そもそもこんな入口の側にある建物に何故気付かなかったんだろう?
「くしがたです。」
「え?」
「くしがた。」
男性がおもわず聞き返したのは「くしがた」という単語の事ではありません。
女性の声域が全く違ってしました。
さっきまで普通の高さだった女性の声が、まるでボイスチェンジャーで無理矢理最高の高さまで引き上げられ、それをひび割れさせているような声だったそうです。
女性が振り返りました。
その顔は真っ黒で何も見えませんでした。
服装や手、足、茶色の髪は見えるのに顔だけが切り取られてまるでそこに真っ黒なペンキを
塗ったような、夜の闇とも影とも違う、不自然な黒でした。
そしてこう言いました。
「どうぞ」
男性はそこで初めて今、自分が恐ろしい状況にいるのだと気付きました。
血の気が引くような悪寒と鳥肌が立ち、恐怖で脚がもつれながらも必死に車まで走って逃げました。一度も振り返らなかったそうです。
車までたどりついた男性は急いで車を走らせ、家まで帰りました。
その日は電気とテレビをつけたまま、一睡も出来なかったそうです。
それからしばらくの間はあの日の事を忘れられず、何も手につきませんでした。
自分は祟られてしまったのか、お寺に行った方がいいのか。
そんな事を考えながら日々が過ぎ去って行きましたが、特に身の回りで何かが起こるといった事はありませんでした。
最近は、廃団地多くなりました。
小屋に入らなくてよかったですね。
友人が後から検証に行った後日談が、さらなる恐怖を呼び覚まし、ゾクリとします。
そういえば、過去、我が家を建ててくれた大工さんから、聞いたことがあります。
家が無人になると、なぜか、障子が破れたり、窓ガラスが割れたりしやすくなるのだそうです。
「不思議ですね。」と言うと、この業界の常識なのだとか。大工さんによると、そういうもんだと受け入れて、「その訳は、深追いしないことにしている。」とのことでした。