ある美容室の『誰も座らない席』

私が定期的に通ってる美容室に、『誰も座らない席』があります。
それを知ったのは、美容室に通いだして2年経った頃。
人気の美容室で土日は満員になることもあるのに、髪のカットやセットをする席が1席だけぽっかりと空いているのに気づいて、いつもカットしてくれてる美容師さんに聞いてみたんです。
すると美容師さんは困ったような顔をして、小さな声で「あの席、座った人が皆、ご気分悪くされるんです。だから、店長が誰も座らせないようにしているんですよね」と、教えてくれました。

「気分が悪くなるって、席に座っただけで、ですか？」
「そうなんです。私もこの美容室に入ったばかりの頃は店長や同僚から話しを聞いても、全く信じてなかったんですけど…。実際、何人もあの席に座って気分が悪くなっているお客様を見ているので」
「へー…。何が原因なんだろう？」
「私は見たことないんですけど、店長とか同僚が言うには、あの席に幽霊が座ってるらしいですよ。お客様の中にも見たって方がいるんです」
「幽霊？まさか。どんな？」
「男の人らしいです。現代人っぽい服を着た、普通の男の人。でも、体が透けてるって聞きました」

「どうして席を撤去しないんですか？」
「一度、席を撤去したことがあるんですけど、店長曰く、『席を探して幽霊が店内をうろうろしていた』って…。そっちの方が怖いからってことで、席をもう一度あの場所に置いたそうです」

その幽霊が出る席は、私の座っている席から見える位置にあります。
目をこらしてじっと見てみたのですが、美容師さんの言うような幽霊は見えませんでした。
だから、（この美容師さん、たまに面白い冗談言う人だし、これも冗談なのかな）と思っていたのです。

それが本当の話だと分かったのは、翌月、美容室に行った時のこと。
その日は土曜日ということもあり、美容室は満員で、私はソファに座って自分の順番が来るのを待っていました。
席はいつも通り1つだけ空いていますが、この美容室に来るお客さんは席が空いている理由を知っているのか、誰も「どうしてあの席に座れないの？」なんて文句を言う人はいません。
だから、私も他のお客さんも雑誌を読んだりスマホを見たりして、各々静かに順番待ちをしていたのです。

しかし、初めてこの美容室に来るお客さんは、まさか幽霊が出て座った人が気分が悪くなるから、満員でも席を1つ開けているなんて知りません。

だから、その日は「あの席空いてますけど、あそこ座れないんですか？急いでるんですけど」と言って、強引に例の席に座るお客さんがいました。

「お客様、その席は使用できません。申し訳ございませんが、順番になりましたらお呼びしますので、ソファ席でお待ちください」
「え？とくに壊れてないし、使えますよね？どうして駄目なんですか？」
「ええと…あの…」

かなり強引なお客さんで、店長さんの注意も聞き入れず、その人は例の席に座ったままひたすら「急いでるんで早くカットしてくださいよ」とばかり言っています。
私も他のお客さんも、そのお客さんの態度に「お店の人は大変だな」と、店長さんに同情して様子を伺っていました。
そのお客さんは数分程、店長さんと「早くしてください」「その席は使用できないので…」と言い合いをしていたのですが、急に口元を抑えて、俯き出しました。

「お客様？どうしましたか？」
「き、気持ち悪い…。吐きそう…」
「ご気分が悪いんですか？救急車をお呼びしましょうか？」