手を洗うときは、二度洗う。
物心ついた頃からの習慣だ。帰宅して、鞄を置いて、洗面所で手を洗う。一度目は流すように、二度目は指の間まで。誰に教わったのでもない。ただ、昔からそうしてきた。
一人暮らしのいまも変わらない。石鹸を泡立て、流し、もう一度洗って、蛇口を閉め、タオルで拭く。タオルは洗面台の右の壁に掛けてある。
そのタオルが、いつも二箇所濡れている。
自分が拭くのは真ん中あたりだから、端のほうが濡れている理由は分からない。洗濯が乾ききっていなかったのだろう、と思って特に気にしていなかった。
先月、風邪をひいて会社を休んだ日のことだ。
熱で寝込んでいて、洗面所には一度しか立たなかった。手を洗い、寝室に戻り、布団に入った。
水音がした。
洗面所からだった。蛇口を捻る音、水が陶器に当たる音。長さにして二十秒ほど。閉め忘れたか、と思って起き上がったが、行ってみると蛇口は閉まっていた。洗面ボウルの内側だけが、まだ濡れていた。
熱のせいにした。
治ってからも、何度かあった。決まって、自分が手を洗ったあとだ。洗面所を出て、少し経ってから、水音が始まる。戻ると止まっている。蛇口は乾いた音を立てて、それ以上は何も出さない。ただ、ボウルの縁に湯気が残っていることがあった。うちの給湯器は、点けなければ湯は出ない。
私はそのスイッチを、冬でもほとんど点けない。
先週、母から電話があった。荷物を送ったという連絡のついでに、世間話になった。手洗いうがいはしてるの、と聞かれたので、してるよ、昔から二度洗う癖だし、と答えた。
母は少し黙って、言った。
「あんた、一度しか洗わない子だったよ。小さい頃から、さっと洗ってすぐ出てくるから、よく注意してた」
そんなはずはない、と言いかけて、やめた。
母は昔から記憶違いの多い人だ。そういうことにした。
電話を切ったあと、洗面所に立った。タオルは、二箇所濡れていた。私はその日、朝から一度も手を洗っていなかった。
いまも習慣は変わらない。帰宅して、鞄を置いて、洗面所で手を洗う。
一度だけ洗って、蛇口を閉めて、拭かずに出る。
廊下を歩いていると、背中のほうで、水の音が始まる。
二度目は、いつも少し長い。



























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