Aさんと会ったのは、長雨が続いた後の、久しぶりの晴れ間だった。
カフェの窓から差し込む光が、白いテーブルを照らしていた。彼女は落ち着いた話し方をする人だった。言葉を選びながら、丁寧に。だが「隣」の話になった瞬間、その丁寧さが、別の何かに変わった。
Aさんは30代の会社員で、築30年の賃貸アパートに一人で住んでいる。最初、彼女から連絡をもらったとき、私は隣人トラブルの話だと思っていた。「隣が騒がしい」という相談だったからだ。
だが、隣は数年前から無人のはずだった。
それは梅雨の晴れ間のことだったという。
久しぶりに青空が出たので、Aさんはベランダに出た。洗濯物を干そうと思った。気持ちのいい日だった。隣を見るまでは。
隣から、生活の音がしていた。
物音。人の気配。誰かが動いている、あの独特の感覚。
Aさんは首を傾けた。あそこは空き家のはずだ。草が伸び放題で、瓦が落ちていて、管理している者の気配もない。どこか別の部屋が賑やかなのかもしれない、と彼女は思った。部屋に戻ろうとした。
その時——
雨戸が、わずかに開いていた。
ほんの数センチ。太陽の光が奥へ差し込んでいる。Aさんの視線が、その光の筋を追った。雨戸、ガラス戸、廊下、その奥の襖。視線が、奥へ、奥へと進む。
そして。
襖のところに。何かがいる。
子供ぐらいの大きさ。暗がりとは違う、明確な輪郭。襖に半分隠れながら——覗き込んでいる。白い目が、こちらを見ていた。
「確かに、私を見ていました」
カフェでAさんはそう言った。私の目を、まっすぐに見ながら。
不気味だった、とも言った。いや、その言葉では足りない、とも言った。見られていた。それだけだった。ただ、確かに。
Aさんは部屋に戻った。振り返らなかった。洗濯物を干すことは、忘れた。
それ以降。
雨が上がった後の特定の日に限って、隣が騒がしくなるようになった。毎回ではない。梅雨の晴れ間のような、あの独特の湿気と光が混ざり合う日だけ。そういう日に、物音がする。気配がする。
そして——
室内でも、それが現れるようになった。
廊下で。部屋の隅で。物陰から覗き込んでくる何か。視界の端を、黒いものが動く。白い目。
「いつから始まったのか、正確にはわからないんです」とAさんは言った。「あの日から、何かがついてきている」
「見えるんですか」と私は聞いた。
「見える、というより——」彼女は言葉を探した。「気配を感じる、という方が正確かもしれません。でも、時々、視界の端に何かが動く」
カップを握る彼女の手を見ていた。白くなるほど、力が入っていた。
【現地訪問記録・7月10日】
私はその場所を訪れた。

























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