証言者:田中美咲(仮名)26歳
グラフィックデザイナー
場所:東京都渋谷区、築35年のマンション402号室
面談日時:2026年1月15日午後11時
私は彼女のアパートを訪れた。渋谷駅から徒歩12分。周囲は飲食店とラブホテル。典型的な、都会の匿名的空間。
彼女は痩せていた。顔色が悪かった。そして、部屋の隅——北西の角——を、一度も見なかった。
「引っ越してきたのは、2024年8月3日です。家賃は6万5千円。渋谷でこの価格は異常に安いって、不動産屋も言ってました。でも、私、お金なくて。」
「最初の1週間は、何もなかったんです。普通に仕事して、普通に寝て。でも、8月10日の夜——午前2時くらいに、目が覚めました。」
「誰かが、私の顔を見てたんです。」
(彼女の声が震え始める)
「ベッドの横。立ってるんじゃなくて——座ってる。床に。で、じっと、私の顔を見てる。暗いから、顔ははっきり見えない。でも、輪郭は見える。人間の形。」
「私、声が出なかったんです。叫びたいのに、喉が動かない。で、目を閉じました。ギュッて。『見なければ消える』って思って。」
「5分くらい経ってから、恐る恐る目を開けました。いなくなってました。」
「でも——部屋の隅、あそこ(北西の角を指差す、しかし見ない)に、移動してたんです。まだ、座って。まだ、こっち見て。」
(10秒の沈黙)
「それから毎晩です。毎晩、午前2時に目が覚める。毎晩、あそこにいる。最初はベッドの横。次に部屋の隅。でも、少しずつ——近づいてくるんです。」
「9月に入ったとき、もう距離は1メートルくらいでした。私がベッドで、それが床に座って、でも顔の位置は同じくらいの高さで。」
「私、不動産屋に連絡しました。『何かいる』って。でも、彼ら、『前の住人は何も言ってなかった』って。」
「前の住人?って聞いたら——教えてくれました。60代の男性。孤独死。発見まで3週間。2024年7月に。」
(彼女の手が震える)
「私が引っ越してきたの、その1週間後なんです。」
「9月20日、私、もう限界で。夜、電気つけっぱなしで寝ることにしました。そしたら——いないんです。その夜は。」
「でも、次の日の夜。電気消して、5分後。また目が覚めました。」
「今度は——ベッドの上にいました。私の上に。四つん這いで。顔が、20センチくらいまで近づいて。」
「その顔——ようやく、はっきり見えました。」
(15秒の沈黙。私は何も言わなかった。)
「老人でした。痩せて。目が窪んで。でも——笑ってたんです。」
「私、気絶しました。たぶん。気づいたら朝で。」
「次の日、私、引っ越しました。荷物全部置いて。逃げました。」
「でも——」






















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