これは三年も前、俺が鉄道会社に就職してまだまもない頃の話になる。
その日も改札を行き交う人々を眺めて一日があっという間に過ぎた。俺が入社してからすぐ後に、自動改札機とかいうやつが導入された。そのせいで俺の仕事はもっぱら、時たま来る券売機の使い方を知らない年寄りの相手か、監視カメラを見てホームで怪しい動きをしている人物がいないかを確認することくらいしかなかった。
「先輩、あとは自分が確認しますンで先上がっちゃってください」
「おおそうか、悪いねェT君」
そう言って俺の隣にいた三つ年上の男が席を立った。役職は一つしか変わらない。あと五年働いても、せいぜい主任くらいにしかなれないのかと俺はため息をついた。年功序列で物事が決まるこの会社では、仕事の成果はあまり重視されていない。それが嫌だとは思わない。だがそんな体質では、この先も仕事内容はずっとつまらないままだろう。まあ、そんなことを言ったって何も変わらない。それが分かっているから俺は文句も垂れず、淡々とやるべき仕事をこなしていく。
あと数分でやってくる終電さえ見送れば、今日は上がりだ。他にやることもないのでモニターを眺めてそれを待った。
「ん?」
異変に気付いたのは、終電が来るまであと数分といった時だった。ホームの端を写した四番モニターで、右往左往しながら何かが揺れているのが目についた。
「なんだぁ? こりゃ」
それはどうやら人影のようだった。暗くてはっきりとは見えないが、もしかしたら全身に真っ黒な布を被った人かもしれない。こんな時間に飛び込みでもされたら間違いなく残業確定だ。それだけは勘弁してほしい。面倒ごとは避けようと席を立ち上がりかけた時、列車の接近を知らせるチャイムが鳴った。
「間もなく二番線に、神那岐行き最終列車が到着します。黄色い線までお下がりください」
やばい。そう思ったときにはもう遅かった。滑り込んでくる列車のライトに照らされると同時に、その人影は瞬く間に線路の中へ飛び込んでいく―――――
最悪だ。俺はすぐに列車を緊急停止させるための防護無線に手を伸ばす。ところが、そこで俺は画面を見つめて固まった。なんと、今到着したばかりのその列車は通常通りドアを開け、客扱いをしているではないか。数人がパラパラとあちこちのドアから降りてくる。
運転士は飛び込みに気付いていないのだろうか。そんなわけがない。人を轢けば必ず何らかしらの異音はするはず・・・
ところが、そんな俺の疑いをはねのけるように列車は何事もなく、駅を発車していった。ほんの三十秒ほどの出来事だった。それが信じられなくて、俺はすぐに二番ホームへと向かう。途中すれ違った乗客たちが、俺の慌てぶりに怪訝な顔を向けてきたがそんなことは気にしていられなかった。
ホームに繋がる階段を出て、監視カメラの位置まで歩いていく。当然と言えば当然なのだが、そこには人がいたような形跡も、人が轢かれた痕跡も何一つ残されていなかった。
それが俺にとって、人生初となる心霊体験だった。
〇
「・・・って話をこないだ掲示板で見かけたんだ」
机に頬杖をつき、さもつまらなそうな様子でミコは俺の話を聴いている。
「へぇー」
「なんだよ」
「だってねぇー」
窓の外でランニングをする野球部の連中を見てミコは続ける。
「その掲示板って別に誰でも書き込めるわけで、その話が本当なのか、そもそもその人が駅員なのか、真偽はよくわからないじゃないの」
「そりゃそうだが、そこがまたなんというか想像力を掻き立てていいんじゃないか」
「そんなのいちいち鵜呑みにしてたらキリが無いわ」























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