大学進学を機に、一人暮らしを始めた直樹(なおき)は、古びたが安いマンションに引っ越した。築四十年のその建物は、駅から遠いせいもあってか、ほとんどの部屋が空いていた。しかし、直樹の隣の部屋には住人がいるらしく、夜になると話し声や足音が聞こえた。
ある晩、直樹は寝つけず、ぼんやりと天井を見つめていた。その時、壁の向こうから女性の笑い声が聞こえた。クスクスと、小さく、しかしはっきりと。
「こんな時間に電話でもしてるのか?」
不思議に思ったが、眠気には勝てず、そのまま眠ってしまった。
翌日、ゴミ捨てのついでに大家に聞いてみた。
「隣の人、どんな人なんですか?」
すると、大家は怪訝な顔をした。
「隣? あんたの部屋の隣、誰も住んでないよ」
直樹の背筋が凍りついた。だが、確かに声は聞こえたのだ。もしかして、自分の勘違いかもしれない。そう思い直し、部屋へ戻った。
その夜、また隣から声が聞こえた。今度はくぐもった男の声も混じっている。耳を澄ませると、まるで喧嘩をしているようだった。
「やめて…お願いだから…」
「もう終わりにしよう」
バタン! ドンッ! 何かが床に倒れる音がした。
直樹は震えながら壁に耳を押し当てた。しかし、それ以上の声は聞こえなかった。恐る恐る玄関に向かい、隣の部屋のドアノブを回した。驚いたことに、鍵はかかっていなかった。
ギィ…
ドアを開けると、室内は埃まみれで、家具はひとつもなかった。ただ、床の中央に赤黒いシミが広がっている。
直樹が後ずさると、背後で小さく「クスクス…」と笑う声がした。
振り向くと、そこには長い髪の女が立っていた。青白い顔に、口だけが大きく裂けていた。
「見ちゃったね…」
その瞬間、直樹の意識は闇に吸い込まれた。
翌朝、大家が巡回に来たとき、直樹の姿はなかった。ただ、彼の部屋の壁には、赤黒い文字でこう書かれていた。
「次の住人、待ってるね」



























こわっ!じゃあ直樹は…