これは、俺が大学2年の夏休みに、短期バイトをした時の話だ。
職場は郊外にある、アスレチック施設が併設された自然公園だった。
そして、俺の仕事は、その公園の目玉のひとつである「巨大迷路」の管理スタッフ、というものだった。
夏休みはファミリーの来園者が増える。
巨大迷路は子供受けが良く、連日大賑わいだった。
ただ、トラブルも続出で、ゴールできずに泣き出す子供、トイレを我慢できなくなって緊急避難を求めてくるカップル、果ては、強い日差しに熱中症になりかけた老齢の保護者など、施設内で困っている人々を助けるのが、俺に与えられたミッションだった。
俺は、先輩であるAさんという20代後半の男性スタッフの指示の下、「選ぶバイト間違った……」とぼやきながら、迷路内を走り回り、汗を流していたのだった。
8月の、ある日のことだった。
その日は、午後から天気が大きく崩れるという予報が出ていたこともあり、珍しく来園者はまばらだった。
俺とAさんは、迷路の中央に建つ塔の上の物見台で、眼下を眺めながら雑談をしていた。
別に、さぼっていたわけではない。迷路全体を見渡せる場所から常に監視をし、何かトラブルがあれば、その場に俺かAさんが駆けつけるわけだ(たいていの場合、俺が行かされたのだが)。
ただその時、迷路内にいたのは、大人の男性がひとりだけだった。
「あの人、なーんでこんな日に迷路なんか来てんすかね――?」
「それも、大の大人が」俺は、訊くともなしにつぶやいた。
「――あれは、田中レナちゃんのお父さんだよ」
Aさんからの、不意の思いがけない返答に、俺のぼんやりした意識は急に覚醒した。
タナカレナ――?
どこかで聞いた――いや、字面を見たような気がするが、どこだったか。
「更衣室の壁に、貼ってあっただろ?」
その言葉に、頭の中に映像が浮かんだ。
普段、スタッフの制服に着替える際に利用する、薄暗い更衣室。そういえば、そのドア付近の壁に、張り紙がしてあった。
田中レナちゃん(6歳)
◯月✕日、迷路施設内にて失踪。
見かけたスタッフは必ず報告すること。
「あの、行方不明の……?」
Aさんがうなずく。
こわい
おもしろい!