「3ヶ月前、ゴールデンウィークの混雑の最中だったよ。
その日、お父さんと一緒に遊びに来ていたレナちゃんが、迷路の利用中、姿が見えなくなった。
お父さんの話だと、一瞬のことだったらしい。
ふたり一緒に歩いていて、はしゃぐレナちゃんが、お父さんより少しだけ早く角を曲がったその直後、ふっと消えたんだそうだ。
脇道はなかった。
通路を隔てる壁の足元には、わずかだが隙間が空いている。もしや、ふざけて隙間を通り抜けたのかと思って、しゃがんで見てみたが見当たらない。
お父さんは、焦って迷路内を走り回った。大声でレナちゃんの名前を叫びながら。
ここから監視していて異変に気が付いた俺は、すぐさま駆けつけて、一緒にレナちゃんを探した。
同時に、別のスタッフが園内全体に迷子のアナウンス。だがその日、閉園の時間になっても、彼女は見つからなかった――」
警察に通報され、すぐに捜索が始まった。
「けど、警察に言われて園が提供した、迷路内をはじめとした園内すべての監視カメラの映像にも、レナちゃんの姿は映っていなかったそうだ。
以来、毎日――」
「毎日⁉」
気が付かなかった。
あの男性は、毎日この迷路の中を、消えた娘を探してさまよっているのか。
いや、しかし。
「でも、普通考えたら誘拐とかでしょ?
わかんないですけど、デカいトランクに入れられて、姿を見られないようにして拐われた、とか。
なら、もうとっくに園の外だし、少なくとも迷路の中にいるはずが――」
「ないだろうな」Aさんは、暗い顔をしてうなずいた。
眼下には、例の男性が歩き回っている姿が小さく見えている。
まるで箱庭の住人のようだ。
その歩調は、いやにゆったりとしていて、俺は奇妙な感じがした。
「でも、あの人は探してる。この迷路の中を、毎日、毎日、毎日。
俺もすっかり顔なじみでさ、何度か話したことがあるよ。
聞けば、奥さんを病気で亡くして、父子家庭なんだそうだ。ツラいよな。
はじめのうちこそ憔悴しきってて、やり場のない気持ちを、この迷路を探すことでまぎらわしているって感じだった。
ただ、いつからか、それが変わったんだ。
『娘は迷路の中にいる』って、確信するように。
その頃から、顔つきが変わった。
口調も、妙に明るくなった。
『もうすぐ道がわかる。もうすぐたどり着ける』――って。」
こわい
おもしろい!