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妖怪・風習・伝奇

HPMPラブクラフトさんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

私の人形は良い人形
長編 2024/04/06 14:58 2,897view
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お菊は良い両親に恵まれた。ただ、周囲からは「甘やかし過ぎている」と頻繁に苦言を呈されていた。幼心に、お菊は甘やかされ過ぎているという自身の評価を恥ずかしく思い、己が子を育む際には世間一般に恥じない育児を心がけようと決めていた。
 しかし、月日が流れ、良い人と出会い、愛の結晶が生まれると、その決意が決して一筋縄ではいかないことを思い知らされた。幼い我が子が愛おしくて仕方がないのである。千代と名付けた愛娘は旦那に似て大きな瞳をしていて子どもながらに顔立ちが整って見える。例の溺愛が過ぎていたお菊の両親が言うには、随分母親似らしいが、反対にお菊は、見た目に関して己の血を全く感じなかった。だが、5つにもなると行動の端々から自分と似た雰囲気を感じたりもして、そう言った細かな変化が著しくお菊をときめかせた。
 千代は大人しい少女だった。両親が言うにはお菊も同様に大人しく、手のかからない子だったようだが、彼女から言わせると私の千代はその何倍も気の利く良い子に育っているのである。事実、千代は過度に物を欲しがったり、周囲の流行に合わせてマネしたがることなどなかった。世間の子どもたちが、菓子屋やおもちゃ売り場の前で駄々をこねている横をしゃんとした千代と共に優雅に歩くのが、お菊の愉悦である。そんな娘だから、周りの親とは反対に、「千代ちゃんこの人形が流行っているみたいね。買ってあげましょうか?」とお菊の方が千代に尋ねる始末。千代は何度か遠慮したのち、愛らしく小首を縦に振り、さぞ嬉しそうに買い与えてもらったものを抱きしめるのだ。
 確かに自分は娘を甘やかしすぎているかもしれないが、千代はそれにつけても甘やかし買いのある娘なのだと、誰かに知らず言い訳をしながら我が子を存分に可愛がっていた。

 そんな愛娘の七五三にお菊が力を入れない理由もない。彼女は呉服屋でとびきりの晴れ着を仕立て、千代に着飾らせた。周囲の子どもが騒ぐ中で、キチンと鏡台の前に腰掛けて化粧を施されている我が子は一段と愛らしく、上等の市松人形のようである。
 良夫を絵にかいたような夫に「少しばかり金をかけすぎじゃないかな」と苦笑されるが、むしろお菊は自分の独りよがりにならないよう千代にもっと貪欲に己を着飾って欲しいとすら感じていた。「今日ぐらい良い子でなくても」お菊は利口な娘を見ながら、そんな贅沢なしこりを感じていた。千歳飴があるからと、飴菓子の催促を断り続けるよその親に聞かせてやりたい親心である。
 記念撮影を済ませ、参拝も済ませ、幸福な一家は神社の裾にある雑貨屋通りに立ち寄った。案の定、そこではさっそく着物をぐちゃぐちゃに着崩した子どもらがあれやこれを欲しがっては親を困らせている。いつものように悠然とそこを横切るが、行事ごとに娘以上に浮かれているお菊は僅かながら、周囲の困らされている親たちを羨ましく思った。
 「あの簪、かわいいね。千代の着物と同じ柄」
 その時、千代のもう一人の肉親が、店頭に並んでいる真っ赤な梅の花があしらわれた簪を指さし、穏やかに言った。梅の花など、年よりじみていると思う、お菊だったが、千代も同様にその簪を気にしているようで、父親と共に雑貨屋に駆け寄っていく。
 「ほんとね、同じ。かわいいね」
 そっと掬うように簪を手に取った千代が静かに父の意見に賛同する。
 「買ってあげようか?今日は千代の祝いの日だからね」
 そんな娘を優しく見守りながら、父親が言う。そんな睦まじい二人の列に遅れて並んだお菊が夫に同調しようとしたとき、愛娘の口から明確に簪を求める返事が出た。夫に手柄を取られたような悔しさを感じないでもなかったが、それ以上に千代が物を欲しがりった事実が嬉しく、舞うような気分でそれを与えてやる。早速開封し、千代に簪をつけてやっている時、彼女は自分が世界一の幸せ者に感じられた。

 しばらくの散策の後、帰路につくことにした一家。道中、米屋によって注文していた赤飯を受け取らなくてはいけなかったのだが、慣れない晴れ着もあってかくたくたに疲れたらしい千代を気遣い、夫がそのお使いを頼まれてくれた。
 夫と別れて、2人で帰路につく傍ら、お菊は休憩がてら半ば強引に買い与えてやった豆菓子を開け、千代に食べさせた。するとその時、豆菓子に反応してか、ハトが数羽、凄まじい勢いで千代の周りに集まった。それに驚いた千代が豆菓子を放り出してしまったものだから、もう手が付けられない。ハトは我先にと千代にたかり、綺麗な着物にその汚れた羽をぶつけた。たまらず悲鳴を上げる千代だが、それ以上に黙っていられなかったのはお菊の方である。愛する娘を守る為、一心不乱に持っていた手提げの小物入れを振り回し、ハトどもを追い払う。すると、弾みで勢いよく一羽のハトを殴り飛ばしてしまった。バランスを崩し、長椅子に不時着するハトにさらにもう一撃、今度は意図的に手を上げてしまう。長椅子から、今度は地面に叩き落されたハトは、飛ぶ力を失ったのかくるくるとその場を這いずるだけである。   
 ようやく冷静になったお菊は、ハトの力ない目を見て、己の行き過ぎた暴力に恐怖を覚えた。同時に、この恐怖には、ある既視感があることも思い出してしまった。
 幼少の時分、お菊は同じように、飢えた野犬に襲われたことがあった。それを救ったのも同じように自分の母親であった。慌てて犬を引きはがす母親は、鬼気迫る様子で、すっかり牙をもがれた様子の野犬を何度も何度も踏みつけ、殺してしまったのだ。お菊は何故今までこの出来事を忘れていたのか不思議なほど、幼少のこの記憶が色濃く残っていたのだ。否、というよりも幼少期のお菊はこの母親の姿を異様なまでに記憶に焼き付け、事あるごとに思い出しては震えていたのである。
 私は聞き分けのいい良い子だったと、母は言う。しかし、それは単なる親からの視線のみで、その実情は親に対し自分が潜在的な恐怖を覚えていたからに過ぎないのではないか、とお菊は考える。事実、己の幼少期を振り返ってみても、自分が良い子だったという実感は全く湧いてこないのである。そして、そんな残酷なおぞましい姿が、かつての自分を恐怖に苦しめた忌まわしい血が、お菊にもしっかりと流れていることが、このハトの訴えかけるような目から実感してしまったのである。
 お菊は恐怖した。私は今、娘を、恐怖に、陥れてしまったのではないか。今までの良い子な千代は、私への恐怖が生んだものだったのではないのか。
 「お母様、この鳥さん、鳥さんね。もう動けなくなってしまったの?」
 そんな時、物怖じしていない様子の千代の声に、一気に現実に引き戻される。千代は果たして、自分の蛮行を見ていたのだろうか。言葉に詰まりかけるお菊だったが、何とか正常な言葉を絞り出す。
 「そうね、追っ払うつもりで手を振ったら、当たってしまったみたいね。でも、まだ死んではいないわ。羽だってそのうち治って、元気に飛び回るわよ」
 半ば自分に言い聞かせるように、ハトの命を娘に保証してやる。千代は興味深げにハトをジッと見つめている。
 「それなら、何とかしなくっちゃ」
 千代がそう言って、ハトをそっと持ち上げる。丁度、先程簪を持った時のような慎重さである。
 「あら、ダメよ千代ちゃん。お着物が汚れてしまうわ」

 「うん。でもね、この鳥さんが、汚してしまったもの。だから千代が汚したんじゃないわ。ねえ、お母様。この鳥さん。お家に持って帰ってはいけないかしら」
 お菊は大いに動揺した。母親が痛めつけてしまったハトを、この娘は自分が面倒を見てやると言っているのだ。今まで、ロクに「お願い」などしてこなかった娘がである。動揺に続いて、お菊は大いに感動した。何と、慈悲深い子どもなのだろう。何と、清らかな。私に流れる醜い血などこの子には一滴たりとも流れてはいないのだ。

 ハトを大切そうに抱えた千代は、家に帰るなりすぐに二階の自室に上がりこんでいった。お菊は晴れやかな心持で、夫が持ち帰るであろう赤飯を待っていた。かくして帰宅した夫が、壁に掛けられた着物を見るに、首を傾げる。
 「おや、随分晴れ着が汚れているね。何かあったのかな」
 己の悪しき行動を懺悔したい一心もあって、お菊は同中の出来事を赤裸々に語った。気配りの人である夫はうんうんと話し終わるまで聞いたのち、お菊を励ました。
 「きみ、気持ちは分かるが、それは致し方の無いことだよ。子を思う母の想いという奴は古今東西、強い力を孕んでいるものさ。キミの母親も、無論君も。我が子を守らんとやっけになってしたことだ。あまり責めるものではないよ」
 「ううん、それでもやっぱり、よろしくはないですわ。事実、私などはそんな母に強い恐怖を覚えたのですから、母を憎んではいませんが、やはり、子どもというのは繊細なんです。そこを考えてやらないといけませんでしたわ。それでも、千代ちゃんは違いますね。やはり。あの子は強く優しい、貴方によく似た子です。鬼のようだった私に対し動じることもなく、優しくハトを世話してやるのですもの」
 「なに?ハトを?それはいかん。いや、決して行いを咎めるわけではないが、ああいう街の鳥という奴はひどく汚れていて良くないものも携えているんだよ。世話は動物病院なぞに任せるべきだ」
 夫の言葉を受け、「いけない!」と二階に上がるお菊。甲斐甲斐しく世話をする千代から、患者を取り上げるのは気が引けてしまい、そろりと部屋を覗く。すると、文机の上にハトを置いている千代が何か歌うように呟いている。
 「死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね………」
 言葉に合わせて、ブスリブスリと先程買ってやった簪でハトを刺している。その顔は何かに取りつかれたように熱中しているように見えた。
 「死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね………」
 明かりもついていない部屋の隅で、千代は簪を刺し続ける。ハトは当に事切れていた。

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コメント(3)
  • 勇気ありますね。絶対ムリです。

    2024/04/06/15:22
  • 意味がわかると怖い系?
    一回読んだだけでは怖さがわからなかった。

    2024/04/12/03:22
  • ???

    2024/04/13/19:18

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