伝説の樹の下で
投稿者:綿貫 一 (31)
私が通っていた中学校の校舎裏には、「伝説の樹」と呼ばれる古い樹があった。
「その樹の下で告白して結ばれたカップルは、永遠に幸せになれる」という言い伝えがあり、生徒の間では「校内で一番の告白スポット」と認識されていた。
誰もが、伝説の樹の下で、いつか誰かに「告白したい」、または「されたい」という、密かな憧れを抱いていたのだった。
※
私が中学2年の頃の話である。
その日、私は、天にも登らんばかりの気持ちで、放課後の図書室の扉を開けた。
「あら、どうしたの? 何かいいことでもあった?」
果たして、お目当ての人物がそこにいた。
教育実習生の住野先生だ。
美人で優しい年上の彼女とは、偶々好きな小説家が一緒だったという共通点から、親しい関係になっていた。
当時、人見知りで友達の少なかった私にとって、住野先生は「なんでも相談できる素敵なお姉さん」だった。
「先生聞いて! 私、生まれて初めてラブレターもらっちゃった!」
興奮して震える手で、その手紙を先生に手渡す。
「あら、素敵じゃない」と言いながら、彼女はそれに目を通した。
「えーと……、『昼休みの図書室で、ずっと貴女を見ていました。 明日の放課後、校舎裏で待っています』? なかなか詩的でいいわねぇ。
差出人の名前はなし、か。でも、アタリは付いてるんでしょ?」
先生はニヤリとしながら手紙を返してくる。
「う、うん。たぶん、3年の先輩。
先生、どうしよー。これってやっぱり、告白されちゃうのかなー?」
「『果し状』とは書いてないから、たぶんそうなんじゃない?」
冗談を言う先生の視線が不意に宙をさまよい、それから、少し低い声になって、こうつぶやいた。
「ねぇ……、その手紙の『校舎裏』って、『伝説の樹』のこと……、じゃないわよね……?」
「あ、先生の時代からその話ってあったんだ?
うん、たぶん『伝説の樹』のことだと思うよ?」
住野先生は学校のOGだった。
自分たちの代より、少なくとも10年くらい前には、もうそんな言い伝えがあったということか。
私が感慨にふけっていると、先生は表情を曇らせて言った。
「ちょっと訊きたいんだけど、『伝説の樹』の話って、今はどんな感じになってるの?」
「え? 話っていっても……。
『伝説の樹の下で告白をして結ばれたカップルは、永遠に幸せになれる』とか、『晴れてカップルが成立したら、ふたりで樹を見上げながら、おまじないを3回唱える』とか……?」
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