【裏拍手Ⅱ】─劉生
投稿者:ねこじろう (149)
「でね、この【裏拍手】なんだけど、またの名を【死者を誘う拍手】といってね、既にこの世にいない人をもう一度復活させる儀式らしいのよ」
台所で洗い物をしていた麗奈の手がピタリと止まった。
彼女はおもむろに水道の蛇口を捻ると、背後の食器棚に置いた小さなラジオのボリュームを上げた。
若い女性DJの話が続く。
「この話真偽のほどは定かではないんだけど、とある女子中学生が深夜2時に試しに鏡の前で【裏拍手】をやってみたらしいんだ。
そしたらさ去年死んだはずのじいさんが姿をみせるようになったそうで、終いにはその女の子、死者の世界に連れていかれてしまったって」
「裏拍手、、、」
麗奈は一人ボソリと呟くと、ラジオを消し奥の畳部屋まで歩く。
6帖ほどの殺風景な和室。
隅っこには小さな仏壇がひっそりとある。
そしてそこには、サーフボードを小脇に抱え爽やかに微笑む小麦色に焼けた若い男性の遺影が一つ、飾られている。
麗奈は仏壇の前で正座すると、その遺影に向かって語り掛け始めた。
「劉生、そっちはどう?
暗いところに1人で寂しくない?
来月の8月13日で、やっと1年になるね。
そう劉生の一周忌だよ。
私たちやっと一緒になれたのに、
まだたくさん2人の思い出作りたかったのに、
劉生、、、ズルいよ。
私を置き去りにして1人で逝っちゃうんだもん」
それは1年前のこと。
麗奈の制止を振り切って天候の悪い日にサーフィンに出掛けた劉生は高波に飲まれ、それっきり帰らぬ人になったのだ。
遺影の前でひとしきり泣いた麗奈は居間に戻ると、ふと壁の時計を見る。
午前1時55分
─そういえばさっきラジオで、深夜2時に【裏拍手】をすると死者が現れるって言ってたけど、、、
彼女は再び和室に行き仏壇の遺影を両手に持って居間を横切ると、洗面所に入る。
そして洗面台の横手にある洗濯機の上に、そっと遺影を置いた。
ジャージのポケットから携帯を出し、画面を見る。
午前2時00分。
麗奈は、遺影の中で微笑む劉生の顔を一瞥した後、正面の姿見に映る自分の顔をじっと睨みながら、ゆっくりと慎重に3回手の甲を合わせた。
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