あの世ですらない場所
投稿者:青鷺 (3)
ランドセルを揺らして田舎道を走っていた時、入口に鳥居が聳える裏山が目にとまった。
「お父さんが遊んだ山……」
亡き父への恋しさと懐かしさが募り、自然と鳥居をくぐっていた。生前の父が言っていた、山では不思議なことが起きるらしい。ひょっとしたら死んだ人に会えるかもしれない。
鳥居の向こうには下草が生えた山道が続いていた。鼓膜を劈く油蝉の声が殷々と反響し、方向感覚を狂わせる。滴る汗をせっかちな瞬きで追い出し、むきになって進んでいると、行く手にぼんやり陽炎が立ちはだかった。
みーんみーんみーん……みーんみーんみーん……うぅ……あぁ……みーんみーん……
「えっ?」
一瞬、油蝉の鳴き声に人の呻き声が混ざり込んだ。空耳だろうか。反射的にあたりを確認するが、俺の他に人っ子ひとり見当たらない。
少し気味が悪いと思ったが、勘違いで片付けて先に進む。今引き返せばいじめっ子たちと帰り道で出くわすかもしれない、それだけは避けたかった。
「うわっ!」
突然、目の前に何かがポトリと落ちた。腰を抜かしてへたりこんだ視線の先、茶褐色の蝉の抜け殻に胸をなでおろす。木にひっかかっていたのが剥がれたらしい。
都会育ち故虫に免疫がなかった俺は、おそるおそる抜け殻を突付いて動かないのを確かめたのち、こっそりポケットに入れる。山に行って帰ってきた証拠品として、学習机の引き出しに保管しようと考えたのだ。
もう少し知識があれば何の種類の蝉の抜け殻かわかったかもしれない。図鑑を持ってこなかったのが惜しまれる。
「もっとあるかな」
蝉の抜け殻を集めながら坂を上っていくと、ほどなく二柱目の鳥居が立ち現れた。
「鳥居が多いなあ。近くに神社か何かあったっけ」
山に入るのが初めてなのでわからない。今度の鳥居は最初の鳥居より古く見えた。全体的に黒ずんでささくれている。
得体の知れない瘴気が漂い出す鳥居をくぐり、さらに歩くうちに三柱目が見えてきた。
「また?いくらなんでも多すぎないか」
今度の鳥居はさらに古く、どす黒く不吉な色合いをしている。朽ち果てていると表現していい。くぐるかくぐるまいか束の間迷ったが、引き寄せられるように足が動く。
何で止まらないんだ?心の中で疑問を抱く。三柱目の鳥居を抜けて五分ほど経った頃、前方に橋が見えてきた。谷にかかったボロボロの吊り橋だ。
谷底は暗くて見えず、股間が縮み上がるような生臭い風が吹き付けてくる。
さすがにアレを渡る勇気はない。諦めて回れ右した瞬間だった。
「おーい」
懐かしい声にハッと顔を上げ、対岸を注視する。父がいた。病院の霊安室で見たのと同じスーツを着ている。
「なんで?お父さん、死んだはずじゃ」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、そっちはあの世?」
生唾を飲んで叫べば、父は場違いににっこり笑った。
「お前のことが心配で見にきたんだ。辛くないか」
橋はあの世とこの世を繋ぐ。この吊り橋の先が彼岸なら、父と行くのも悪くないかもしれない。
母は半年以上むかえにこない。学校では毎日いじめられ、祖父母の負担となっている。俺が消えさえすれば全部上手くいく。
そんな自罰的な考えに支配され吊り橋に足を向けた瞬間、背後で意外な声が響いた。
とても惹き込まれる話だった
書き方がお上手ですね
怖いけど、すこし悲しい
何もないのが向こう側の父親のセリフに現れてるのか
怖い
読ませるねぇ。
此岸と彼岸を区別してるから「俺」はどっちが偽物かわかっていたんだな。
でも此方はイジメがないよ母さんが待ってるよって甘言があったら行ってしまう危うさがあった。
難しい言葉を使うのが好きな作者さんなのね。
とても面白かった
最後は本当のお父さんだったのかな
どちらにせよ切なくて良い
面白かった!
恐くて物悲しい、とても美しい物語だと思った
まさかこの手の「怖い話」で『美しい』という思いを抱くとは思わなかった
なんにせよ素晴らしい作品に触れることができて感謝の念に堪えない
(作者はもしかしてプロのかたなのだろうか?)
beautiful.
大変な思いしているようだが、頑張ってほしい。好きなことを見つけて、そこに打ちこんでほしいね
お母さんの呼び方が「お袋」と「母」となっていますが、統一したほうが読みやすいかと思います。