御影守と御影様
投稿者:青鷺 (3)
俺が住む田舎には御影守(みかげもり)がいた。御影守とはある一族の名称で、その家に生まれた者は一生影を踏んではいけないと定められていた。
御影守は物心付く前から己の影を崇めろと教え込まれる。普通は自分が主で影は従だが御影守の一族ではこれが逆転し、影に人格を付与して扱うのだ。
俺にそんな奇妙なしきたりを教えてくれたのは、御影守の家に生まれた友人の豊だった。
豊とは小学4年の時に同じクラスになったのがきっかけでたちまち仲良くなったが、コイツはちょっと変わっていた。
休み時間も教室でポツンと本を読んでるような大人しいヤツで、体育もずっと見学してる。登下校の際に必ず車が送迎にくるのも、生徒数が少ないド田舎の小学校じゃ大層目立った。
御影守の家に生まれた豊は影の存在にとても敏感で、窓際に寄るのは徹底して避け、教室移動の際も他の子と群れず最後尾を歩いていた。全部影を踏まないようにするためだそうだ。
「どうして影を踏んじゃいけないんだ?」
俺の質問に豊ははっきり答えず曖昧に笑うだけで正直イライラした。
豊曰く、コイツんちじゃまず御影様(おかげさま)にご飯をあげるのが普通らしい。
箸で摘まんだ白飯やおかずを影にさしだしてから口に運び、朝起きたら自分の影に「おはようございます」と挨拶し、布団に入る時は「おやすみなさい」を告げる毎日がどんなものかなんて、当時小学生の俺に理解できるはずもない。
そんなヤツだったもんで当たり前のように学校で孤立し、豊の友達は俺一人だけ。
ある日の放課後、豊と待ち合わせて遊んだ時のことだ。
俺たちは近くの空き地に移動し、駄菓子屋で買ったアイスをなめていたが、すぐに食べ終えて退屈が押し寄せてくる。
夏でも殆ど汗をかかない豊の横顔を見ていると不公平に感じ、出来心で言った。
「なあ、影踏みしようぜ」
「えっ?」
直後に豊が見せたこの世の終わりのような絶望の表情は忘れられない。凍り付いた友人を目の当たりにした俺の心に湧き上がるのは、サディスティックな愉悦と優越感だった。
豊はああでもないこうでもないと渋り、俺の提案を撤回させようと頑張った。しかし頑として首を縦に振らず、付き合わないなら絶交だと言い渡すと、悲壮な顔でたった一言「わかった」と呟いた。たった一人の友達に見捨てられたら学校で居場所がなくなると思ったのだ、きっと。
油蝉がけたたましく鳴く夏の空き地で、俺と豊はふたりぼっちの影踏みを始めた。豊は殆どべそをかいて鈍くさく走り回り、俺はいい気になってアイツを追い立てる。
「これで最後だ!」
土管と塀の間に追い詰められた豊が「やめてよ」と懇願するのを無視し、地面に伸びた影を踏んだ瞬間ぞくりと悪寒が駆け抜けた。たった今踏み付けた影が勝手に伸び縮みし、かと思えば不気味に蠢き始めたのだ。
やがて影は厚みを伴って立ち上がり、ショックで固まる俺の方へ手を伸ばしてきた。
「うわあああ!」
恐怖でへたりこんだ俺の前で豊は泣きじゃくり、「やめて、やめて」と自分の影に縋っていた。ところが暴走した影は豊の手に負えず、墨汁でもぶちまけたように地面にどんどん広がっていく。
コイツが御影様なのか?
どうにか空き地から這い出た俺は、二度と振り返らず家に逃げ戻ったのである。
翌日、教室で豊に会うと思うと気が重かった。仮病を使ってずる休みしようか検討したが親にバレたら後が怖い。
一方で昨日のアレはなんだったのか直接問い詰めたい衝動を禁じ得ず寝不足で登校したら、肝心の豊が欠席で拍子抜けした。
次の日も次の日も豊は学校に出てこず、担任にプリントを渡してくれと頼まれた。豊の友達はクラスで俺一人だったから消去法で選ばれたのだ。
(豊になにかあったのか?)
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