事務室の扉は明らかに鍵などが施錠されていないタイプだった。
静かにゆっくりドアノブを回すと、なんの支障もなくドアは開いた。
手前にドアを引き、覗き込むように頭を室内に入れた。
室内はただの夜の事務室の風景でしかなく、Aは正直、
拍子抜けをした。
いやいや、本来の目的は海を眺めることだから、
Aはそう自分を問いただし、事務室の向こう側の窓の外に
向けて目を凝らした。
工場の建物・敷地の外はすぐに防風林の松林になっており、
その松林の木の幹や枝越しに海が見えた。
月が綺麗な夜だったので、ところどころ光輝く波間と
思いのほか暗さが濃い松林の対比で、より一層海が綺麗に見えた。
しばしAは見とれてしまった。
だが、すぐに松林のなかに変なものが見え隠れするのに気が付いた。
それも一つではない、二つ、いや三っつかそれ以上あるようだった。
最初は白いなにか大きいものがある、くらいに見えたのだが、
やがてそれが木からぶら下がって揺れている何かだとわかり、
そしてそれがどうやら白い服を着た人間、
いや人間だったものらしいと、すぐに気づいた。
首吊り死体、恐らく自殺者、それが複数、松の木の枝から垂れ下がり、
夜風に吹かれてユラユラと揺れていた。
ありえないものを見て恐怖に襲われたAは悲鳴を上げかけた。
だが次の瞬間、今度は事務室の窓の外、窓の下側から
人間の白い手が現れ、まるで窓をあけようとするかのように
そして開かない窓をなんとか開けようとしているように動くのを見て
恐怖は絶頂に達し、悲鳴を上げて事務室の扉を閉めた。
そして宿泊室へと走り逃げ、慌てふためきながら入り口を閉め、
布団をかぶって震えた。
自分が見たものが信じれられなかったが見てしまったものが
頭から離れない。
Aは朝までただ恐怖に耐えた。耐えるしかなかった。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。