工場には出ない
投稿者:GENGO (32)
そして研修は無事に進行し、早くも明日には工場から去る日になった。
特に送別会があるわけでもなく、いつもの作り置きの夕食が少し豪華になっていた
だけだったが、缶ビールも数本、つけてくれて嬉しかった(笑)。
工員が皆帰宅し、夜の宿泊室でAは1人打ち上げ会をしていた。
久しぶりに酔ったせいもあったのか、Aはもっとこの工場やこの土地を
味わっておくべきだったと思った。
自分はこの工場からの夜の海の眺めすら見ていないではないか。
夜は特に外出する場所も用事もなかったし、研修疲れで早めに寝ていたし。
それに、外出を禁じられてはいなかったものの、工場の出入り口の
鍵を渡されていたわけでもなかった。
入り口の鍵を開けたままの状態で長時間外出するわけにもいかないし、
暗黙の裡に夜は外出しない形が出来上がっていたようなものだった。
最後だし、少しくらい夜の海を眺めたいものだ、
Aはそう考えた。
短時間ならば工場の出入り口を開けて外に出ても問題あるまい。
ちょっとだけ海を眺めに行こう。
そう考えてAは工場の出入り口に向かったのだが、いざ外に出ようとして気が付いた。
鍵がないと外側からはもちろん、内側からでも入り口は開かない仕様に
なっているようだったのだ。
いままで夜間に外に出ようとしたことが無かったので気が付かなかった。
これじゃまるで監禁されていたようなものだな、と少し不快な気分になった。
同時に、ますます海を見に行きたくなった。
宿泊室や社食がある一角は、工場の建物の中では海とは逆の側に位置している。
海は見えない。
工場の作業場や事務室は海に面した側にあるのでそこからなら
海が見渡せる。
実際に昼間に仕事で事務室に入室したさいには、事務室の窓から
綺麗な海が見えた。正確には防風林の隙間ごしに見える海だったが。
が、夜のこの時間に事務室に入室するわけにはいかない。
だが、ほんの短時間、けして事務室のなかにまでは入らずに、
ただ事務室の扉を開けて、事務室越しに、事務室の海側の窓越しに、
海を眺めるくらいなら良いのではないか?
酔いの勢いも作用したのか、Aは事務室に向かった。
実はほんのわずかだが事務室の扉を開けてみたくなった理由はもう一つあった。
もしも幽霊が出るという噂が本当で、出る場所が事務室の中で、
それで夜の事務室への入室が禁止されていたとしたなら、
事務室の中に何かが見えるのではないか、と。
俺がそれを確かめてやろう、そんな子供っぽい粋がった気分も芽生えていた。
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