目が合う
投稿者:ロンチーノ・ぺぺ (5)
高校時代から今でも付き合いのある桐生くんの話。
この、桐生くんという男はやたらと“そういうこと”に縁のある奴だ。本人曰く、「ぼくの前世は高僧なのデスヨ」ということだが、以前に興味本位で視てもらいにいった占い師には前世は誤って事故でトイレに流されたグッピーだと宣言されていた。
桐生くんの怪異遭遇癖(と、彼は名付けている)は生まれつきのもの……ではなく、少なくとも小学校6年生まではそういうこととは無縁の生活だった。
「友達の家に遊びに行く途中でなんかボヤ~っとしたおじさんにうつされたのデス」
というのである。
なんでも、求められた握手に応えたときに静電気のようにバチッとした衝撃があった。それからというもの、やたらと世間一般で言うところの怪異に遭遇しやすくなったらしい。
そんな桐生くんだが、中学校に進級するのと同時に親の都合で転校したが、その転校先では虐められたらしい。
「田舎の中学校でヤンキーというか、そういうのに憧れちゃってるタイプの子が多かったんデスヨね。それで比較的都会から来たばかりでまだ友達もいなくて浮いてた僕に目をつけたみたい」
桐生くんがその怪異に遭遇したその日も、例によっていじめられっ子たちに捕まっていた。
いじめの内容は日によって違った。その日はゴミ収集場まで連行されると、ゴミをまとめて置いておくための建物に閉じ込められた。
「建物って言ってもそんな立派なものじゃないんデスけどね。鉄板の床と屋根があって壁が金網になってるの」
中にはすでにゴミがパンパンに詰まった袋がいくつか置いてあり、埃臭かった。
いじめっ子らは外から鍵をかけてしまうと自転車に乗って帰っていった。置いてきぼりにされた桐生くんには当然なすすべもない。
最悪なことにその収集場は、人通りの少ない場所にあった。向かいに打ち捨てられた廃屋はあったが、民家もなく大声で騒いで助けを求めることもできない。
「携帯で親に連絡すればよかったのに」
と、私が言うと、
「その頃は携帯電話なんて持ってなかったし、そもそも両親は共働きで毎日夜遅くまで忙しそうにしてたからねえ……」
と言う。もっとも、この件をきっかけに携帯は買い与えられたそうだが――
金網の内側で桐生くんは溜息を吐いた。誰かが通り掛かるのを待つか、そうでなくても朝になればゴミの回収のために業者が来るだろう。それにもしかしたら、帰宅した親が自分が家にいないことに気がついてくれるかもしれない……どちらにせよ、もはや運に賭けるしかなかった。
そうこうしている間に、夕暮れは夜の闇に変わっていた。
こうやっていて数時間は経っただろうが誰かが通る気配はなく、周囲が闇に飲まれていく。ぽつぽつと間隔を開けて立っている街灯が点ると、向かいの廃屋を囲んでいるコンクリートの塀が明るく照らされた。完全なる闇よりも、こうして一箇所だけ妙に明るく照らされているとかえって不気味であった。
田舎のヤンキー崩れに理不尽にいじめられることも腹立たしかったが、それよりもその日楽しみにしていたテレビ番組を見逃したことが悲しかった。当時はネットは普及していたがまだ見逃し配信などはない時代である。
上手いこと外鍵が外れないかと戸を揺すったがガシャガシャと耳障りな音を立てるだけでビクともしない。
はぁと溜息を付きうなだれると、ふと、遠いところで誰かが何か言っている。
「……れる……い……」
はてな?
もしかして誰かこっちに向かってきているのだろうか?
桐生くんは金網にくっつくようにして外を覗いた。
「……る……う……」
うちのごみ置き場の鍵は暗証番号タイプだけど、閉じ込められたら、どないすんねん?