四つん這い
投稿者:ロンチーノ・ぺぺ (5)
以前勤めていたバイト先の先輩から聞いた話。
この先輩は、普段こういう話はしないというよりもどっちかといえば懐疑的なスタンスの人だったんだけど、私がオカルト好きでこういう話を集めているというのを人伝に知ったらしく教えてくれた。
蒸し暑いなんてもんじゃない真夏の夜、先輩は寝苦しさに目が覚めてしまったそうだ。翌日も大学やバイトがあるのでもう一度寝ようと思ったが、どうにも寝付けない。しかたなく眠気が来るまでスマホをいじって時間を潰していたらしい。
「当時の俺の部屋ってクーラーはあったけど故障中だったんだよな。だから、ちょっとでも涼しくしようとしてベッドの横の窓開けてた訳。で、なんとなくカーテンの隙間から外を覗いてみたんだよ」
先輩の家は2階建てで坂道の上にあったらしい。で、その坂道の脇に何件か家だとか外灯が建ってて、その坂道を下っていくと道路に出るらしいんだけど、その道路の方からなにか黒い塊が坂道を登ってくるのが見えたんだと。
「何だありゃ」
最初は野良猫とか野良犬かなと思ってた先輩だったけど、野良犬なんてここ最近町中でとんと見かけないし猫にしては大きい。
この先輩は結構大雑把というか、細かいことは気にしない人なので普段だったら「まあいいか」で済ましそうなもんだが、どういう訳だかこの時だけはその黒い塊が気になってずっと観察していたそうだ――しかもよく見えるようにわざわざ双眼鏡まで持って、だ。外灯の下までくれば光でその正体が確認できる…
先輩がぼーっと双眼鏡越しに眺めていると、それはゆっくりゆっくり進んできたらしい。
時間をかけて外灯のそばまでそいつが来た。薄汚れた灯りの下に、ぬっと、人間の手が現れた。その手は黄土色をしてて、指先は爪が剥がれていたそうだ。赤黒い肉が覗き干からびた爪がぶら下がっていたのを今でも鮮明に覚えていると言っていた。
そこで止めときゃ良いものを、先輩はまだ観察し続けた。
手から腕、腕から肩、肩から首…と全身があらわになる。
それはガリガリに痩せ細った女だった。痩せ細った女が四つん這いの姿勢で、ゆっくりと坂を登ってきているのだった。
先にも言ったとおり、先輩はオカルト懐疑者だ。
だからこのときもその四つん這い女を不審者だと思ったという。私は絶対妖怪だと訴えたが。とにもかくにも、生身の人間だろうと妖怪だろうと“ヤバい”ことには変わりないのだ。当時の先輩もそう思ったらしい。だが、目が惹きつけられて双眼鏡を離すことができない。
双眼鏡の中で女が移動している。
双眼鏡も女の後を追う。
双眼鏡の中で、縮れて絡み合った傷んだ髪の中で女のギョロ目が忙しなく動き、先輩と目が合った瞬間、それまでのスットロさが嘘のように猛スピードで手足を漕ぎ坂の頂上を目指し始めたらしい。坂の頂上には先輩の家がある。
余談だが、当時、ネットで似たような話(夜中に双眼鏡を覗いていてガリガリの子供と目が合い、その子供が猛スピードで家まで来る話)を知っていたので、「ははあ。さてはその話からヒントを得て作った話だな」と不謹慎ながら内心思っていたが、後日その話を読んでもらうと「俺の体験談と似てる!」と(何故か)はしゃいでいた。
さて、女が家にやってくると分かった先輩は流石に焦った。双眼鏡を投げ捨ててビビりちらして布団にくるまったのか――と思ったが、ここがおかしいというかさすがオカルト懐疑者というか、迎撃するために外に出たらしい(※別に元ヤンとかそういう訳ではない)。先輩いわく「両親もいたし夜中に来られても困る」だそうだ。意味がわからない。
適当にサンダルをつっかけて玄関を飛び出す。女の姿は見えないが、確実にこちらへ向かってきているのは分かっているので自分も坂を下りはじめた。
女の姿が数m先に見えた。相変わらず四つん這いで、顔は髪に覆われて見えない。
ここまできてようやく、迎撃ってどうすれば良いのかという疑問が頭に湧いたそうだ。とりあえず、何かぶつけるかと思い周囲を見るが小石1つない。こうしている間にも女は迫ってきているのだ!
「ワンワン!!」
先輩が困り果てていると犬が吠えた。近所の人が飼っている中型の白い雑種犬だ。
その犬が、門扉の向こうから女に向かって吠え立てていた。
女はびくっと動きを止め吠えまくる犬の方をじっと眺めていたが、暫くするとくるりと体勢を変えて坂を下りていった。
「一応警察にも連絡しといたけど、捕まったって話は聞かないなあ」
話の結びに先輩は無精髭の浮いた顎を撫でながら首を傾げてました。呑気だなあと私は思いました。
パイセン強過ぎっス…そんなん遭遇したら粗相確定。
こういう迫ってくる系いや〜(涙)
ヨツンヴァイン?
良かった
ガリガリなのに女ってわかったんだ!
凄いね その先輩?