「……夢、か……」
安堵の溜息をついたが、あの首を絞められた感触と、原沢の鬼気迫る表情が脳裏から離れなかった。あんな夢を見るほど、自分は彼女を追い詰めていたのだろうか。
(確かに……言いすぎたかもしれないな。あいつだって真面目に頑張ってはいたんだ。不器用なだけだった……)
恐怖の余韻の中で、立野の心に芽生えたのは小さな罪悪感だった。
(よし……今日からは、原沢の為人にちゃんと向き合っていこう。指導の仕方も変えて、支援もして、あいつの努力をちゃんと見てやるんだ)
立野はそう心に決め、改心した清々しい気持ちで出社した。
しかし、始業時間になっても原沢のデスクは空席のままだった。
普段なら遅刻など絶対にしない真面目な彼女だ。立野が首を傾げていると、突然オフィスフロアの電話が鳴り響いた。
電話を受けた部長の顔色が、みるみるうちに土気色へと変わっていく。
受話器を置いた部長は、震える声で告げた。
「みんな……落ち着いて聞いてくれ。原沢が……昨日の深夜、自宅のアパートで自ら首を括って亡くなったそうだ……」
社内に悲鳴と動揺が広がる。だが、立野の耳には何も届かなかった。
血の気が引いていく。
死亡推定時刻は、昨夜——立野が「夢」で原沢に首を絞められていた、まさにあの時間帯だった。
(夢じゃなかった……。あいつは死ぬ間際、俺を殺しに来たんだ……)
ガタガタと全身の震えが止まらない立野は、逃げるように男子トイレへ駆け込み、個室の鍵を閉めた。洗面台の鏡に映る自分の顔は、死人のように蒼白だった。
「あ、あ、ああ……」立野は言葉にならない声を漏らし、狂ったように水を出して顔を洗った。冷たい水が首元に触れるたび、あのロープの感触が蘇る。鏡を見るのが怖い。でも、見なければ。
恐る恐る鏡を覗き込む。
そこには、ただ怯えきった自分の顔があるだけだった。首元を見ても、昨夜の「夢」にあったような紫色の痕は、どこにもなかった。
「……幻覚か。そう、夢の続きだ。俺は疲れているんだ」
立野は安堵の溜息を吐き、少しずつ冷静さを取り戻した。トイレを出て、自分のデスクに戻り、椅子に深く腰掛ける。手はまだ少し震えていたが、仕事をして気を紛らわせようとした。
PCの電源ボタンに指をかける。
真っ黒なPCの画面が、まるで鏡のように自分の姿を映していた。
「カチッ」と電源が入る音の、まさにその瞬間。
立野は気づいた。
PC画面に映る自分の影の、すぐ後ろ。
そこに、髪が乱れ、首を不自然に曲げた女の影が、はっきりと写り込んでいたのだ。
立野は振り返ることができなかった。ただ、黒い画面の向こうから自分を睨みつける、その影を見つめることしかできなかった。




























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