ある中堅企業で課長を務める立野(仮名)は、日々苛立ちを募らせていた。その原因は、今年度入社してきた新卒の女性社員・原沢(仮名)にあった。
原沢は決して不真面目な社員ではない。頼まれた仕事は嫌な顔一つせず引き受け、夜遅くまでデスクに向かう努力家だ。しかし、彼女には致命的な欠点があった。報告・連絡・相談を怠り、自分一人で抱え込んだ挙句に処理しきれなくなる。そして、「指示待ち」の傾向が強かったのだ。
立野にとって、その不器用さと要領の悪さは不快でしかなかった。
ある日の夕方、原沢の抱え込みによって生じた小さな伝達ミスが発覚したとき、立野のストレスは頂点に達した。彼は周りの社員も聞こえるような大声でデスクを叩き、原沢を怒鳴りつけた。
「『新人だから多めに見てもらえる』と思ってんじゃねーよ。クソ新人が!」
容赦のない怒号が響き渡り、オフィスの空気は一瞬で凍りついて重苦しく一変した。周りの社員たちは息をひそめ、誰もが関わりを避けるようにうつむいている。
原沢は青ざめた顔で立ち尽くし、目からボロボロと大きな涙をこぼしながら、震える声で「申し訳ありませんでした……」と何度も頭を下げた。だが、立野は追撃の手を緩めない。
「申し訳ない以外に言葉を知らねぇのか!泣きゃ許されるって思ってんのか!?お前は社会人未満の赤ん坊だな!」
さらに容赦なく浴びせられた暴言に、原沢はびくっと肩を跳ねさせ、溢れる涙を拭おうともせず、逃げるように給湯室へと駆け去っていった。オフィスには痛々しい静寂と、冷ややかで重苦しい緊張感だけが残された。
去っていく彼女の背中を見送りながら、立野は吐き捨てるように鼻で笑った。
「まったく……メンタルが脆い奴が悪いんだ」
自らの言動を反省することなど、微塵もなかった。
その夜のことだ。
自室のベッドで眠っていた立野は、肌を刺すような異常な冷気で目を覚ました。
暗闇の中、足元に何かが立っている。
「……誰だ?」
そこにいたのは原沢だった。
オフィスでの控えめな雰囲気は微塵もない。髪は乱れ、目は血走り、異常な眼光で立野を睨みつけている。そしてその手には、太く硬い麻縄が握られていた。
「ハラサワ……? なんでお前が俺の家に……」
戸惑う立野に、原沢は狂気に満ちた叫び声を上げた。
「アンタが…アンタのせいで!私は全然楽しくないんだ!!一生懸命頑張っているのに!!…どうしてそれを認めてくれないんだ!死ね!死ね!バカ上司!!」
「なっ、おい、やめ——」
原沢は野獣のような素早さで立野に飛びかかり、その首に硬いロープを力任せに巻きつけた。
ギチギチと皮膚が引きちぎれるような音が鳴り響く。気道が塞がり、視界が急速に赤く染まっていく。首を締め上げる原沢の顔は、般若のように歪んでいた。
(死ぬ……! 本当に殺される……!)
意識が途切れ、立野の視界は真っ暗になった。
「ハっ……! ガハッ……!!」
立野は激しく咳き込みながら飛び起きた。
室内には朝日が差し込んでいる。そこは静かな自分の部屋だった。原沢の姿もない。
荒い息を吐きながら、立野は自分の首を撫でまわした。痕は何もなく、痛みもない。
全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。