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不思議体験

嘘つき怪談児さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

永遠の薄暮
短編 2026/05/17 01:44 11view

 ん?んー……。目が覚めた俺は、枕元のスマホを見た。AM 2:40。
 ――またか。廊下から、コツッ……ぺたん、コツッ……ぺたん、と独特の足音が聞こえる。
 毎晩、この時間になると、この足音で目が覚める。誰が歩いているのか知らないが、はた迷惑な話だ。いっぺん、文句を言ってやろうかな。
 年に一度の人間ドックで、腎臓にごく初期の癌が見つかり、医者とも相談した結果、腎臓の部分切除手術を受けたのだ。入院期間はあと一週間程度の予定である。
 手術を受けた日の夜は、睡眠薬がよく効いたのか、熟睡できた。しかし、その次の日から、毎晩、この時間にこの変わった足音で目が覚める。
 俺は、六人部屋の、一番廊下に近いベッドにいる。だから、廊下の物音が聞こえやすい位置ではある。それは仕方ないと割り切っていても、深夜のこの足音には、イライラさせられる。
 それでとうとう、どんな奴が夜中にうろうろしているのか見てやろうと思って、俺はベッドを降りた。まだ尿道カテーテルが入っていて、尿と血液が、点滴のバッグみたいな形の袋に溜まるようになっている。その袋がぶら下がっている点滴ハンガーを、音がしないよう気をつけながら押して歩き、部屋の戸を開けた。
 足音が遠ざかっていく方を見ると、松葉杖をついて歩く後ろ姿が見えた。片足のない、まだ中学視ぐらいの子どもだった。その子が、松葉杖を前にやって、廊下に当たるときに、コツッと音がする。腕の力が強くないのだろう、ものすごく力を入れて足を上げて、上がった足が廊下につくときに、履いている(というより、足先にひっかけているような感じの)スリッパが、ぺたん!と、割と大きな音がするのだ。

 俺は、物音を立てないように気をつけて、ベッドに戻った。
 足音に対する苛つきはなくなっていた。可哀想に――松葉杖の少年に対する同情心が湧いてきていた。俺は横になって、あの子はどうしたのだろう?と考え始めた。スキーか何かで骨折でもしたのか。それとも……ん?おかしい。
 このフロアはあくまで癌病棟だ。整形外科は別棟のはずだ。癌によって、脚を斬らなくてはならなかった、ということも絶対にあり得ないとまでは言えないかもしれないが、やはり、ちょっと不自然な気がする。気になって、あまり眠れぬまま、朝を迎えた。
 入院生活というと、日がな一日寝たきりで退屈だろうと思われがちだが、実は、意外とそうでもない。三度の食事だけでも、それぞれ配膳と食器の回収があり、六回は人が来ることになるし、看護師さんが何度も検温などにやってくる。
 俺は、朝の検温に来た看護師さんに、思い切って尋ねてみた。
 「このフロアに、片足のない男の子が入院してますよね」
 「いや、そんな患者さんはいらっしゃいませんけど」
 看護師さんは、きょとんとしている。俺は、もし、プライバシーの関係などで話せなければ、別に答えてくれなくていいと前置きして、昨日見た、松葉杖の少年のことを話した。俺としては、その子のことを知りたいというわけではなく、ただ、何となく安心したかったのだ。昨日見た少年が、人ならぬ何者かなどではないと確認したかったのだ。

 しかし、看護師さんによれば、そもそも、このフロアには、大人の人しか入院していないし、夜中に、トイレに行く人を見たという話しも聞いたことない、ということだった。
 「そもそも、廊下にもあるけど、各部屋に一つずつトイレがあるんだから、わざわざ毎回、廊下のトイレに行く人なんていませんよ」
 過去にも、そういう子どもが入院していたことはないか、と俺は尋ねた。
 正体の分からない少年が、なんとも気持ち悪いのだ。例えば、昔、この病棟で死んだ男の子の霊ではないか、と言われれば、恐ろしいのは恐ろしいが、それで「納得」が得られる。「納得」できればスッキリするが、できなければモヤモヤしたままだ。
 その日の昼過ぎ、同じ看護師さんが、検温等に来た。体温、血圧、血中酸素濃度の測定がワンセットだ。体温計を腋に挟んで、音が鳴るのを待っていると、看護師さんが言った。
 「朝、言ってた話ね、長いこといてる先輩にも訊いてみたんだけど、やっぱり該当するような患者さんはいなかったって」
 不思議なことに、その夜から、その足音は聞こえなくなった。一度、2:40頃に、廊下を見てみたが、当然、誰もいない。以来、俺は終わらない薄暮を生きているような気がする。俺はこの先、どこかに行き着くことがあるのだろうか。それとも……。

 

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