「そ、そうっすか」
辛うじてそれだけ言えたけれど、顔はやっぱり上げられない。できればこのまま去ってほしいのに、先輩はその場を動こうとはしなくて、「じゃあさ」と、明るく弾んだ声で提案する。
「お友達から始めましょ?」
この時の俺の心中は、もうグチャグチャだった。
もう地獄手前のどん底にまで叩き落された直後に、天使が救いの手を差し伸べてきたのだから、当然だ。心の揺り動きが半端じゃない。ジェットコースターだってこんなに急激な上下運動はできないぞ。
しかも、天使は俺とお友達になろうと言ったのだ。
それは、天国へのお誘いと受け取っていいだろう。もっともっと仲良くなって、お互いをよく知ってから、二人で楽園へと旅立とうというメッセージだったに違いない。
「は、はい。よ、喜んで!」
泣くのを我慢していた俺は、感情の変化についていけず、なぜか自分でもわからないけれど、勢いよく頭を上げたこのタイミングで涙がポロポロと零れ落ちてしまう。しかも同時に鼻水も垂らしてしまう。
口唇に水分が垂れてきている感触を覚え、俺は恥ずかしさのあまり死んでしまいそうになるけれど、先輩はやっぱり俺を嘲笑するようなことはなくて、ポケットからハンカチを出して「はい」と俺に手渡す。
先輩のハンカチは尋常じゃなく良い匂いがして、この香りに包まれて眠れるなら俺は毎日ベッドじゃなく床でもいいとすら思えるくらいに、極上のフレグランスだったのだけれど、当然そんな美しいものを俺の体液なんかで汚すことは赦されない。まして鼻水なんて、あり得ない。
「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です」
俺は制服の袖でサッと鼻水を拭き、へへへと笑ってみせる。
あ、今の仕草はちょっと男らしくないか? と自画自賛していると、先輩は表情を崩さずに「鼻、痛くなっちゃうよ」と言い、ああ、むしろマイナス評価につながってしまったと落胆する俺。
でもここでも先輩は優しくて、「男の子だから大丈夫だよね。杉崎くん、肌強そうだし」とフォローっぽいことを言ってくれて、俺は更に先輩が好きになる。
で、とりあえず今度の日曜日に遊ぼうという約束をして、お互い部活に行くことにする。
その日の俺は浮かれに浮かれていて、放ったシュートは1本もゴールネットを揺らさなかったのは言うまでもない。
後日、俺は先輩と初デートをする。
デートだと思ってるのはもちろん俺だけだろうけれど、男女が休日におでかけするのはもうデートと言ってしまっていいだろう。
学校前で待ち合わせして、とりあえずスタバに行った。
そこそこ込んでいたので、先輩には席の確保をお願いし、俺が注文してきますよと告げる。
そして、俺はここぞとばかりに先輩のことを知ってるアピール。
「えっと、先輩は抹茶クリームフラペチーノでいいですか?」
遊佐から事前に仕入れていた情報で、先輩が抹茶味に目がないというのは把握済みだ。
女性は自分を理解してくれている男性を信頼する。
……これも遊佐の受け売りだけど、少なくとも俺のこの行動は間違っていないだろう。
と、思ったのも束の間、「うーん。チョコレートムースラテがいいかなー。お願いしてもいい?」と、やや遠慮がちに言った。
「……………………はい」
やっちまった……。
というか、抹茶好きなんじゃなかったのかよ! 遊佐ー! 頼むぜー!


























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