遊佐陽葵は天使だ。
いや、もちろん人間なんだけど、あの神々しいまでの可愛さ――それでいて、どこか大人びた魅力も併せ持っている陽葵先輩は、最早人間の美の限界を超越していると言っても過言ではない。「ひまり」っていう名前の響きも可愛すぎるし。
先輩がひとつ歳上だからこそ大人びて感じるのかもしれないけれど、でも中二と中三なんて、それほど大きな差があるとは思えないし、他の中三女子を見ても全くときめかないから、やっぱり陽葵先輩は特別なんだ。
俺はサッカー部で、先輩は陸上部だから、直接的な接点はないんだけど、でも、同じ校庭で部活をする内に顔見知り程度にはなっていて、陸上部の練習エリアにボールが転がってしまった時に投げ返してくれたりもして、その時にはここぞとばかりにお礼に一言添えて、あわよくば仲良くなりたいアピールを俺は欠かさない。
彼女に対して、明確に恋愛感情を抱いたのは4ヶ月くらい前。練習中に足を怪我をした後輩をおぶって保健室まで運んでる途中、その後輩が肩に掛けてたジャージが落ちてしまい、それを拾ってくれたのが遊佐陽葵先輩だったのだ。既に憧れてはいたので、あの遊佐陽葵がこんな近くにいる! という喜びをひた隠しながら「ありがとうございます」と、ちょっと素っ気ない感じで言ってしまい、しまった! と自分を責めかけた時に、「保険の先生多分いないかもよ」と教えてくれた。そして実際保健室に行ったらどこにもいなくて、「応急処置だけでもしとこっか」と、先輩が消毒液やらガーゼやらで処置してくれたのだ。
俺は自分のことのように嬉しくて、ありがたくて、先輩が白衣の天使にも見えて、心臓が締め付けられる感覚に襲われていたら、「はい、終わり」と包帯を巻き付けつつ後片付けをして、先輩は俺の目の前まで歩いてくる。そして、「キミは優しい先輩だね」と軽くウインクをして、「バイバイ」と、ほんのり甘いシャンプーなのか柔軟剤なのかわからない香しい匂いを残し去っていった。
これで恋に落ちるなと言うほうが無茶である。
ただでさえ憧れていた女性からこんなことをされては、そりゃもう好きになる以外の選択肢なんてあるわけがない。
それ以降も、好きで好きで好き過ぎる想いはどんどん募っていくし、告白したいのもやまやまなんだけど、でも、先輩はめちゃめちゃ人気があって、俺が知っているだけでも2年生で先輩を狙っている男子生徒は9人いる。陸上部の男子の8割は先輩がいるから陸上に興味もないのに入部したみたいな話も聞く。でも、さすがにそれはないだろって否定できないのが悲しいところというか、先輩のすごいところで、そりゃそうだろうってくらいに美しいのだから仕方ない。
なので、ライバルの多さに俺は正直ビビってもいて、引く手数多な先輩のことだから、もしかしたら彼氏だっているかもしれないし、たとえフリーだったとしても、告白して振られでもしたら、もう二度とあの笑顔を俺に向けてはくれないんだろうなと考えるだけで二の足を踏んでしまう。
しかし、俺は超ツイていた。
先輩の従姉妹がクラスメイトにいたのだ。
遊佐めぐみ。
そういえば名字が先輩と同じだなと思い、ふと冗談っぽく訊いてみたら、遊佐は「従姉妹だからね」と当然のように言った。
これはとんでもないアドバンテージだった。従姉妹ということは、俺らが知らない情報も知ってるだろうし、恋のライバル達から大幅なリードが取れる。
遊佐は一年の時から同じクラスだったんだけど、最初の頃はめちゃめちゃ暗い奴だった。誰とも話さなかったし、休み時間もずっと自分の席に座って本とか読んでた。別に特に気になったとかじゃないけど、なんとなく声掛けてみたらすげーびっくりされて、わたわたして椅子から転げ落ちそうになってたな。
話してみると意外とよく喋る奴だったから、それ以来普通に友達な感じになって今に至る。
でも、今まで遊佐の従姉妹が先輩だなんて、一度も聞いたことがない。
ま、俺が先輩を好きになったのは割と最近と言えば最近だし、憧れてるみたいなことは話してたかもしれないけど、マジで好きみたいなことまでは言ってなかったからな。
とにかく、こんな身近に先輩の近親者がいるなんて俺は超絶ツイている。
遊佐からは、先輩の好きな食べ物やら映画やら、とにかく先輩に関わる色んな情報を聞き出したんだけど、俺が最も興味を引かれたのは、「先輩は男らしい男子が好き」ということだった。
「男らしい男ってどういう奴?」
単純思考な俺は、とりあえず筋トレでもしたらいいのかな? とか考えるけど、遊佐は「正面から向き合う人とかじゃないの?」と言う。
正面から向き合う?
「こそこそしてるよりは、堂々としてる人とか。多分そういう意味だと思うけどね」
堂々としてる人か。まあそれは確かに男らしいな。
……ん?
「たとえばさ、こうやって色々先輩の情報を探ってる俺って――」
「まあ、男らしくはないよね。確実に」
俺は思いっきり肩を落とす。まさか、好きな人のリサーチが男らしさから遠ざかっていたとは……。



























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。