杉山さんにもかつて一人息子がいたが交通事故で亡くしているという。
ある日、たまたま通りがかったこの踏切の上でその息子が当時の姿のままで笑顔で杉山さんに手を振っていた。
いてもたってもいられず警報の鳴る踏切の元へと駆けだした杉山さんを側にいた通行人が制止し、難を逃れたという。
まさに今の俺と全く同じ状況だった。
それから時々、同じ目に遭う人がいないか様子を見に来ているそうだ。
「私が思うに、あの踏切のアレはその人にとってどんなに会いたくても会えない、最愛の人の姿で現れるようです。そうやっておびき寄せて引きずり込もうとしてくるんです」
ぼんやりと俺は話を聞いていた。
「アレは狡猾に人を選んでる。あなたやかつての私のように、弱った人間の心に付け入ってくる本当にタチの悪い物なんですよ。あなたはもうこの場所に絶対近づくべきじゃ無い。私だって毎日見回りに来てるわけじゃないんだから」
俺は杉山さんに礼をいうと、中々整理のつかない頭のままで自宅へと帰った。
その後どうしたかというと、懲りずにあの踏切を通る帰宅ルートを利用していた。
ブーケを持ったウェディングドレス姿のサキも未だ同じ場所に出没している。
夜間照明をまるでスポットライトの様に浴びながら人知れず佇むその姿は幻想的な趣きすら感じられる。
仕事に疲れた時、サキの姿を見るのが何よりの癒やしになっていた。
少し離れた位置でしばらく眺めているとやがて警報が鳴り遮断機が下りる。電車が通過した後はサキは消えていて、それを見届けてから俺も家に帰る。もはや日課になっていた。
実は周りに誰もいない時、一度話しかけた事もあるがサキは無反応だった。
触れてみたいという欲求もあるが流石にそこまでの無茶はしない。
こいつは姿形がそっくりなだけで本物のサキでは無い。
それはもう充分自覚しているから大丈夫。
血の通った生身の人間がまるでそこにいるよいうな質感があり、なにより俺の記憶と寸分違わないサキを踏切の外から眺めて毎日の慰めにするくらい、許されると思っていた。
だがそんな日々も唐突に終わりを迎えることになる。
ある日の仕事帰りに踏切へ行くと、サキが笑っていた。
微笑みなんてもんじゃない。もう心底嬉しくてたまらないというような、ありえない程の大口を開け満面の笑みを広げている。
口の中は底無しの真っ黒で何も見えない。
胸元に掲げているのは花束ではなくて、
俺の遺影。
そしてその日を境に、サキの姿をした何かは踏切から姿を消した。
後日、会社で行った健康診断の結果が返ってきた。
「要精密検査」の文字。
再検査したところ進行ガンが見つかり、即入院となった。
現在俺はだいぶ体重も落ちてやつれてしまい、仕事も休職し療養している。
成る程、これがサキへの未練を断ち切れず杉山さんの忠告に背いた代償なんだな。
結局、俺は近い内に最愛の恋人の元へと旅立つことになりそうだ。






















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