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不思議体験

Mineさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

解放
短編 2025/05/31 22:29 1,549view
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かつて俺がある悪夢に悩まされていた頃の話。

高い場所から真っ逆さまに落ちる夢を昔からよく見ていた。
場所はいつも同じどこかのベランダで時刻は恐らく昼過ぎ、俺は手摺りの前でしばらくその場に佇み景色を眺めている。その後、室外機を足場に手摺りの上に直立しそのままゆっくりと前のめりになっていき頭から転落する。
ぐんぐん迫ってくる地面。激突の瞬間、そこでいつも激しい動悸と共に目が覚める。
夢の中は無音で何の感覚もなく、身体も自分の意思では動かせなくて毎回否応なしに同じ行動をなぞり転落してしまう。
子供の頃からその夢を見ていたが当初はせいぜい2ヶ月に1回とかその程度だったからとくに問題になることは無かった。けど歳を重ねるごとにどんどん頻度が上がっていき、月に2、3回から週に1回になりそして二十歳になる頃には3日に1回は必ず悪夢に悩まされるようになった。
夢は深層心理に関係しているというが思い当たる節もない。
あるいは気付いてないだけで希死念慮でもあるのだろうか。
安眠の為にその手の本やネットで調べてやれることは一通り試したけど、言うまでも無く効果はゼロ。それでも親や友人には相談はしなかった。専門家でもあるまいし、どうせ大したアドバイスはしてくれないだろうと高をくくっていたからだ。
とはいえこのままではノイローゼになってしまう。いよいよ心療内科にでも行くべきか、とその頃は真剣に思い詰めていた。

当時、俺は親父の実家に親父と祖父母の4人で暮らしていた。
「お前も癌には気をつけろよ。癌ってのは怖い病気なんだ。お前なら分かるよな」

昔から親父は口酸っぱく俺にそう言い聞かせていたな。
母親は俺が小さい頃に他界し、親父は再婚せず祖父母と共に俺を育ててくれたんだ。
子供の頃は授業参観や運動会が大嫌いだった。
母親がいないという現実をまざまざと思い知らされるからだ。
「あまりくよくよするな。天国の母さんが悲しむぞ」
親父はよくそう言ってたけど、つらいものはつらい。
母が無性に恋しく、母親がいる普通の家庭がどうしようもなく羨ましい。
そんな満たされぬ幼少期を俺は送っていた。

俺が二十歳の頃のある日の夜、家で親父に晩酌に誘われた。たまにはこういう親子水入らずなのもいいかと思い付き合うことにし、そして酒を酌み交わして1時間過ぎた頃。
「お前、なんか悩みとかないか。何でも言ってみろ」と赤い顔の親父が尋ねてきた。
普段の俺なら悩み事は親父に相談なんてしなかったけど今は酒の力もあり話してみようって気になって、例の高い所から落ちる夢のことを打ち明けた。
話し終えた後、なぜか親父の表情が強ばり無言で俺の顔を見つめてきた。

怪訝に思っていると今度はその夢の内容をもっと詳しく話せと食いついてくる。
やけに必死な親父の様子に面くらいながらも、俺は夢の中のベランダの様子やそこから見える景色とかを思い出せる限り詳細に語った。
すると、どういうわけか親父はぼろぼろと涙を零し始めたんだ。
「そうか、お前は昔からずっと一人で苦しんでいたんだなぁ。ごめんな、気付いてやれなくてなぁ・・・」
そう声を震わせながら親父は泣き続けている。
呆気にとられていると親父は立ち上がってどこかへ行き、しばらくして戻ってきた。
手には紙切れの様な物を持っている。
「お前ももうハタチか。分別のある立派な大人だな。自分の境遇について真実を知ってもいい歳になったな」
そして親父は手にした紙切れを俺の前に差し出してきた。
それは新聞記事の切り抜きだった。
(マンション7階から母子転落 無理心中か)と見出しにある。
それから親父は俺に秘密にしていた事実を詳らかに語り始めた。

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