これは、ある方が小学生の頃に体験した、一生忘れることのできない「音」の記憶です。
当時、その子は祖父母の部屋で川の字になって寝るのを習慣にしていました。
その夜も、いつもと変わらない静かな夜のはずでした。2階には両親と兄弟が寝静まり、家の中は寝息ひとつ聞こえないほどの静寂に包まれていたといいます。
迫りくるリズム
深夜、ふと目が覚めると、暗闇の向こうから**「トーン、トーン」**と階段を下りる足音が聞こえてきました。
「ああ、お父さんかお母さんがトイレに起きたのかな」
最初はそう思いました。しかし、その足音は階段を下りきっても止まらず、まっすぐにこちらへ向かって歩いてくるのです。祖父母の寝室へ行くには、広いリビングを通り抜けなければなりません。
足音は、一歩一歩、確実に近づいてきます。
**「ペタッ、ペタッ」**と、裸足で床を踏みしめるような、生々しい質感のある音。
不審だったのは、家の中が真っ暗なままだということでした。夜中にリビングを歩くなら、誰だって電気をつけるか、せめて手元の明かりを頼りにするはずです。しかし、光の漏れる気配は一切ありません。
視線の先の空白
寝室とリビングを仕切るのは、大きなガラス張りの引き戸でした。
リビング側で誰かが動けば、そのシルエットが映るはずです。恐怖と好奇心が混ざり合う中、その子は布団の中からじっとガラス戸を見つめました。
足音は、いよいよリビングの真ん中まで到達しました。
距離にして、あと数メートル。
「……え?」
その子は、自分の心臓が凍りつくのを感じました。
足音は確かに、ガラス戸のすぐ向こう側の床を鳴らしている。それなのに、月明かりが差し込むリビングには、人影どころか、揺れる空気の気配すら存在しないのです。
境界線での叫び
何もない空間から、足音だけが自分を目指して歩いてくる。
その異常事態に気づいた瞬間、それまでの「誰かが来た」という安心感は、純粋な「生存への恐怖」へと塗りつぶされました。
「ペタッ……ペタッ……」
足音はついに、ガラス戸の目の前で止まりました。
そこに「何か」が立っている。目には見えないけれど、確実に「それ」と自分を隔てているのは、一枚の薄いガラスだけ。
耐えられなくなったその子は、隣で眠る祖母を必死に揺り起こしました。
「おばあちゃん! 起きて! 誰か来てる!」
慌てて祖母が起き出し、リビングの明かりをつけましたが、そこには当然のように誰もいません。窓も玄関も、すべて内側から鍵が閉まったままでした。
あの日、リビングを横切って自分の元へ歩いてきた「音」の正体は何だったのか。
それは今も分からないままですが、あの時もし祖母を起こさず、そのままじっと待っていたら……。


























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。