N夫さんは生活に困っているわけではないが、吝嗇で有名な人だ。なにせ帰省の為に来てくれた息子さんの奥さんに、一円のお金も払わずに食事を作らせたり外食をおごらせたりして、遂には疎遠にされてしまったほどだ。
さらに、N夫さんのように【ペットは所詮は畜生だ】と公言するような人が、力尽きた猫たちの供養までするとは思えない。彼は自分の猫たちの給餌役である私の母にいつも、
【畜生なんぞに病院はいらない。他の動物に喰われるか、病気でくたばるかするのが、自然な死に方だ】
と、のたまっていたのだから!
これは私の推察にすぎないが、N夫さんは丸めた新聞紙などで見えないようにして、【ペットだった猫たちの残骸を燃えるゴミとして出していた】のではないだろうか?それも、【死臭をごまかす為に、生ゴミと猫の屍を同じ袋に詰め込んだ】とも考えられる!とは言え、猛暑の季節に落命した猫たちの骸体を、N夫さんはどのように扱っていたのだろう?
特に、酷暑の季節は猫の遺体は早くいたみ、ノミ・ダニ・ハエなどがすぐに発生する。そのうえ、人間には耐えがたい腐敗臭が出てくるだろう。流石にそんな時は、あの【ペットネグレクト=N夫さん)】でも、きちんと市役所や保健所に相談していたと考えたいが・・・・・・。
ペットの遺骸を私有地で燃やし、灰にするのは不可能だ。かといって土葬された猫はなかなか自然に還らず、その遺骨が20年経ってもまだ土の中にあるらしい。加えて、N夫さんのお家と私の実家があるJ地区は、イタチやアライグマどころか、シカやイノシシまでしょっちゅう出没する。ペットの墓を作るならよほど深い穴を掘らないと、山の野生動物に掘り返されてしまうかもしれない。
ペットは命あるものであるが【物と同じ】とされており、その亡骸を燃えるゴミに出すのも、一応普通の範囲内である。(ただし自治体によっては重量制限があったり、動物専用の火葬を勧められたりする)
たとえ、N夫さんが本当に息たえた飼い猫たちを可燃ゴミとして出していたとしても、彼は何も不法行為(=悪いこと)などしていないのである。自治体に代金を納め、火葬にしてもらえば、きちんと動物の集合墓地に入れてもらえるらしい。その一方で、燃えるゴミとして出された愛玩動物たちは、他のゴミと一緒にもやされるだけだ。供養などしてもらえない。動物とはいえど、人間と共に生きたペットたちが墓さえ持てないのは切なく、哀れに思うが・・・・・・。
愛玩動物たちは人間と生きるために、去勢(避妊)手術を受けなければならない。それはペットの尊厳を奪うことのように思う方もいらっしゃるかもしれない。しかし、望まれない命として堕胎されたり、生まれた後で殺処分される方がもっと痛ましいと私は思う。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私の両親の先代猫はマーというオス猫だったが、自由闊達な性格で、放し飼い状態にされることが多かった。その結果、マーは近所の野良猫と喧嘩をして、2歳の頃に猫白血病をもらってしまった。
「男でなくなるのは可哀想だ。」
























沈丁花です。私の趣味の一つは猫さがしです。短編の執筆に行き詰まってしまい、猫のことを考えていたら、長編が出来てしまいました。
沈丁花です。一部文の付け足しをし、句読点の間違いを直しました。これまで読んでいただいた496名の皆様、たいへん失礼いたしました。
沈丁花です。「だが」を多用しすぎていたので、一部語彙を書き替えました。文も少しだけ付け足しました。これまで読んでいただいた1179名の皆様、誠に申し訳ございませんでした。