本人の名誉のために補記するが、Pには独特の正義感があった。自分の手柄はしっかり主張するが、他の人のそれを奪うことは絶対にしなかった。ただし、俺の部屋で過ごすことで、自分のお金が減らないようにしていた、本人いわく、Pと俺はよく似た魂を持っているので、二人なら友情を”究極の絆”にまで昇華させられるという。しかしながら、俺は口の上手いPを信じられず、逃げ出した。彼の目的は俺を共依存にさせ、Pの為なら惜しみなく私有財産をさしだすようにすることだったが、ここで目論見がはずれた。それに加えて、Pは穏やかな家庭で育った俺をひそかに憎んでいたと思われる。なにせ、やつの口癖の一つが、
【お前の母親もキョウダイも殺してやる!お前も、オレのこの孤独を味わうがいい!】
だったのだから!
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Pのご両親は若い頃は不仲で、幼いPの前で互いに殴り合ったり、ものを投げつけ合ったりしていたそうだ。
Pの年の離れたお兄さんは正確に言うと先妻さんの子であり、彼が全寮制の高校に入ってからはあまり会わないらしかった。
大人になってから、Pはお母さんと和解できたらしかった。彼は難関国立大学を卒業後、なかなかの優良企業に就職し、そこではよく活躍したそうだ。けれども、Pのお母さんは古希を迎える頃に認知症になり、介護施設に入った。この時、Pは完全に寄る辺ない身の上になってしまったことを身に染みて感じ、涙したという。Pがその優良企業を辞めたのは、俺と出会う3年ほど前である。
仲が良かった頃、Pはそんなやるせない思いを俺に打ち明けてくれた。だが、彼を気の毒に思っても俺はただの友人の一人に過ぎないのだから、出来ることなど何もないのだ。
ストーカー行為をする人間に罪悪感などない。他の人が嫌がっているのに気づかないから、平気で人に迷惑行為をするのだ。皆さんの中には、俺がすでにPと共依存に陥っていると考えられた人も多いだろう。本音を言うと、【激情のあいつを部屋に入れないと本当にその場で殺される】と感じ、部屋に入れてしまったのだ!
(自分は脅しなんかに屈しない!)
安寧の暮らしの中でそう思っていても、いざ自分の身の安全が脅かされると、人間は簡単に挫けてしまうものだ。
また、Pと俺の口論をご近所さんに聞かれるわけにはいかなかったというのもある。実際に、俺のあの不吉なアパートの近くにも、何名かPの営業所のご契約者様がお住まいになっていたのだから。
ストーカーの問題は、時には解決しないことさえある。何も悪いことなどしていない人が悪者の激情の餌食にされた挙句、被害者さんのご家族まで世間から残酷な好奇の目で見られたりする。
俺の別の友人の一人も交際していた女性との別れ話がこじれたことから、執拗な嫌がらせを受けた。(友人が別れを切り出したのは、お相手のご家族の方と合わないと感じたからだった。)その友人本人もよく周囲に支えてもらっていたが、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでしまっていたようで、ついには体を悪くしてしまった。
とにかく、Pのような人と深く交流してはいけない。世の中には【知らなかった】では済まないことが多すぎる。【無知】ゆえに美々しい見た目や爽やかな雰囲気に惹かれ、関わってしまったが最後、そいつの食い物にされるのがオチだ。
本当に恐ろしいのは人間だ。被害者さんが恐怖心を抱え込んでいることに気づいていても、所詮は【他人事】にしてしまえるからだ――俺を含めて。毎日、どこにお住まいの某さんが恨まれて刺されただの、不審者の理不尽な怒りの犠牲になられただの、痛ましい事件が後をたたない。そして、気まぐれで残忍な悪神にいつ自分が目をつけられるか分からないから、この世は恐怖で満ち溢れているのだ。
























花蘇芳(沈丁花)です。前作『爽やかな人、その仮面の下は』を加筆・修正しました。前半部分はあまり変わりませんが、後半部分に大きく手を加えました。