その中心に、ひとつの文字があった。
──かえす。
俺は、思わず息を呑んだ。
その瞬間、スマホが震えた。
画面には見覚えのない番号。
通話を取ると、無音。
ただ、遠くで子どもの声が囁いた。
「かえしてくれて、ありがとう」
次の瞬間、通話は途切れた。
そして、スマホの画面が、真っ白に光った。
円のように。
その夜の記憶は、今でも曖昧だ。
だが、たしかに俺は、〈柳樽堂〉の裏口から中に入った。
鍵は閉まっているはずだったのに、扉はするりと開いた。
誰かが俺を待っていたように。
奥の書庫には、灯りがひとつだけ点いていた。
蛍光灯の白い光の下に、例の古い郷土誌が広げられていた。
ページの端は茶色く焼け、紙の繊維がほつれている。
だが、文字ははっきりと読めた。
——「黒澤村 鎮魂の環(いわい)」
そこには、百年前にこの土地で行われていた奇妙な風習が記されていた。
疫病や行方不明が続いた年、村人は子どもたちを一か所に集め、
白い粉を撒いて“輪”を描いたという。
その中心に“返すもの”を埋めるのだ。
“返すもの”とは、村の外から迷い込んだ者の名。
ページの下部に、墨でにじんだ文字があった。
「返さぬ者は、環の外に置かれる」。
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