十二月二十五日の夜は、一年でいちばん甘い匂いがする。
街全体が蜜みたいにとろとろで、光は柔らかく、笑い声は温かい。
それを聞いているだけで胸がぎゅうっと痛み、
その痛みが、彼にとっては唯一の“快感”だった。
男はその痛みを求めて、生きていた。
幸福が痛い。
楽しそうな恋人を見ると心臓が指で押しつぶされるみたいに軋む。
イルミネーションを浴びる男女を見ると、
胃の奥を熱い針で刺されたように震える。
その“どうしようもない苦しみ”が気持ちよかった。
「あぁ……いい……もっと幸せになってくれ……
俺をもっと痛めつけてくれ……」
クリスマスは彼にとって、世界最大のマゾ的祝祭だった。
ある年。
彼はいつものように窓辺から街を眺めていた。
笑うカップル。
プレゼント。
手袋越しの手。
キスする影。
痛い。
痛い。
痛い。
……最高だ。
その瞬間、視界の端に黒い影がにじんだ。
最初は街灯の錯覚かと思った。
だが、影は恋人たちのすぐ後ろにすっと寄り添い、
二人の間に冷たい膜のように広がった。
そして、
ふたりの笑顔が、急に“弱った”。
会話が止まり、手をつなぐ指がほどけ、
緩やかに、不安そうに、距離ができる。
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