俺は慌てて後ずさった。
だが足が動かない。
粉が、まるで見えない手に操られているかのように、
俺の周囲に環を描いていく。
書庫の灯りが揺らいだ。
その瞬間、耳元で声がした。
──わたしたちは ここに かえす。
反射的に振り返ると、誰もいない。
ただ、棚の間から白い影がゆらりと動いた。
子どもの姿をしていた。
輪郭が崩れていて、顔が見えない。
だが、その立ち方に覚えがあった。
小山。
もう一人、反対側に影が立っていた。
それが、思い出せなかった“彼女”だった。
白いワンピースの裾が、風もないのに揺れている。
そして、二人は同時に口を開いた。
「三人でひとつ。ひとつ欠けていたから、戻れなかった」
「あなたが、つないでくれるんでしょう?」
俺は首を振った。
逃げようとした。
だが、足元の白線が光を帯びて、
地面に吸い付くように俺を固定した。
視界が白く滲む。
耳鳴りがして、頭の奥にざらついた声が入り込む。
「返して。かえす。還して。かえす——」
次に目を開けたとき、俺は外にいた。
夜明け前の運動場跡地。
足元には白い円がくっきりと描かれている。
中心には、黒ずんだ瓶。
この話は怖かったですか?
怖いに投票する 2票



























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。