「じゃあ先にそっちを見にいこっか」
そう言うとミコは、先ほどまで向かっていた方向とは真反対に歩き始めた。急な方向転換に戸惑いつつも、しばらくついていくとミコが道の先を指さす。
「あれだよ」
そこには小さな赤い鳥居が立っていた。
「まさかとは思うけど、あの神社の中に入ったりしないよね・・・?」
途端、ミコが笑いだす。
「そのまさかでごめんね」
神社に近づくにつれ、その奥に大きな木々が立ち並ぶのが目に入った。遠めだとわからなかったが、そこそこ大きな神社のようだ。ミコは鳥居の前で軽く一礼すると、忍び足でそろそろと境内に入っていった。
「バレると面倒だから、静かにね」
口の前に人差し指を当てて言う。なんだかその仕草が渚を彷彿させる。境内に入ると、ミコは本殿の右側にある小さな建物へ向かっていった。当たり前だが境内には電灯などなく、真っ暗だ。こんなところで一人になってしまっては敵わないと、私は小走りでミコに近づいた。
「これは、納屋?」
そう聞くと、ミコは頷いて懐中電灯を取り出した。建てられてからかなりの年月が経っているらしく、扉と扉の間に中を覗き込めるほどの大きな隙間ができている。ミコはそこに懐中電灯を当てると「覗いてみて」と小さな声で言った。
朽ちた麦帽子にワイシャツ、そして真っ白な布地の顔。
そこには電車から見たあの“カカシ”が置いてあった。何となくわかってはいたが、いざ近くで見ると、声が出そうになる。
「ね、あったでしょ?」
ミコが満面の笑みで聞いてくる。何がそんなにうれしいんだろうか。正直、怖い。
ミコが言うには、このカカシは決まった時間になると、どこからともなく誰かが持っていって、あの踏切の近くに置くそうだ。ここら辺の人にとっては昔からある慣習のようなもので、そのカカシが目に入っている間は笑い続けなければならないらしい。恐らく、自分は与兵衛ではないということをエミカカシに知らしめるためだろう。
元々は与兵衛の霊が村に入ってこないようにと、エミカカシを村の入り口に置いていたそうなのだが、時代の流れとともに今のような形式に落ち着いたのだという。みんなが恐れていた人間をたった一人殺すためだけに、エミカカシは祟りとして利用された。挙句、それから何百年もの間、人々を恐れさせる存在になるなんてなんだか皮肉な話だ。
「本郷さんがカカシを見たのは十一時ごろって言ってたね。多分、それは与兵衛が殺された時間なんじゃないかな」
ミコは最後にそう言った。
〇
どのくらい歩いただろうか。人通りの少ない小径を歩くこと数十分。疎水をさらさらと水の流れる音が聞こえる。突然、ミコが何もないところで立ち止まって、草むらの中へと入っていった。
「確かここら辺に・・・」
ミコが枯れ草をかき分けると、すっかり苔むして緑色になった小さな石が出てきた。
「はい、これが与兵衛の石碑」
これを石碑というには少し烏滸がましいような気もする。表面の文字はすっかり薄れて、何が書いてあったのか、そもそも文字が彫られていたのかすらわからない。
「なんか思ってたのと違う・・・」
「まあ、そう言わないでよ」
そう言って、ミコは手を合わせた。私もそれに倣って手を合わせる。何百年も前の人間が確かにそこに生きていたという痕跡を前に、私は何とも言い難いものを感じた。私が感傷に浸っている横で、ミコがカバンから袋を取り出す。
中には小さなスコップが入っていた。


























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