それは、俺が一人暮らしを始めて、数ヶ月経った頃のことだった。
仕事から帰ってくると、部屋の電話が赤く点滅している。留守番電話のメッセージだ。
再生ボタンを押すと、自動音声が流れる。「本日18時13分、一件のメッセージをお預かりしました」と。
そして、そのメッセージが再生された。
「……ピー」
無音だった。ただ、かすかに、何かを擦るような、妙に湿った音が聞こえる気がする。
でも、気のせいかと思って、そのまま消した。
次の日、また仕事から帰ると、電話が点滅している。
再生すると、また同じ自動音声。「本日19時41分、一件のメッセージをお預かりしました」。
そして、またメッセージは無音。昨日と同じ、湿った擦れるような音が少しだけ聞こえる。
それから、それが毎晩のように続いた。
最初は不気味だったけど、すぐに慣れてしまった。
どうせ誰かのいたずらか、留守番電話の不具合だろうと思っていた。
ある晩、いつも通りメッセージを再生した。
「本日20時02分、一件のメッセージをお預かりしました」。
そして、いつも通りの無音。
だけど、その日のメッセージは、ほんの少しだけ違っていた。
無音の中に、ごく微かに、かすれた声が混じっているような気がしたのだ。
耳を澄ますと、その声は、何かを言っているようだった。
「……………タスケテ」
俺は全身の毛が逆立った。
次の日、思い切ってメッセージの履歴をすべて消去した。
もうこんな気持ち悪い思いをするのは嫌だった。
だが、その日の晩、電話が点滅している。
自動音声。「本日20時58分、一件のメッセージをお預かりしました」。
再生した。
いつもと同じ無音の中に、あの声が聞こえる。
だけど、今夜は、もっとはっきり聞こえた。
「……タスケテ……タスケテ……」
そして、メッセージが終わった後、自動音声が流れるはずのタイミングで、それは起きた。
「メッセージは再生されました。あなたの次のメッセージは、まだありません」
俺はぞっとして、電話機を壁に投げつけた。
電話機は壊れ、床に転がった。
その日を境に、留守番電話のメッセージはこなくなった。
それから数年後、俺は引っ越した。
新しい部屋には、電話機は置いていない。
しかし、時々、部屋にいると、ふと、聞こえてくることがある。
遠くから、何かを擦るような、湿った音。
そして、その後に続く、微かな声。
「……タスケテ……」
俺は耳を塞いで、その声が聞こえないふりをする。
だけど、俺は知っている。
俺の次のメッセージは、もう、いつ送られてきてもおかしくないということを。
























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