「……あの妖怪、“ツヅラサキ”はね。もともとは、この町で
自分の赤子を守るために身を投げた母親たちの成れの果てなのよ」
「え……?」
「昔、この町では、赤ん坊を“ツヅラサキ”に奪われないようにするには
母親自身が自分を“差し出す”ことで、自ら妖怪の役を引き受けるっていう習わしがあったの」
咲子は絶句した。
「……だから、毎年一人ずつ、誰かが犠牲になって、その年のややこを守ってきた……?」
「そう。……そして、今年は、私の番」
佳代の目は、穏やかだった。
「私はずっと、そう覚悟して生きてきた。裕一が生まれた年
お義母さんが身を投げたのよ。だから私も、いずれは……って」
「そんなの、そんなの……!」
咲子の目に涙がにじんだ。
まだ信じられなかった。信じたくなかった。
だけど、現実に、“あれ”は来た。そして、自分はそれを見た。
佳代は、微笑んだ。
「大丈夫。私が“なる”から、もう来ないわ。あなたたちは
安心して暮らしていればいいの」
「……でも、お義母さんは、もう……」
佳代は黙って、咲子の手を握った。その手は、温かかった。
その夜、佳代は誰にも告げず、ふっと姿を消した。
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翌朝。佳代の姿はどこにもなかった。
夫の裕一は、隣町の交番に届け出に行ったが、近所の人々の反応は
妙に静かだった。
「……また、出たのか」
その一言が、咲子の耳に残った。
誰も“あれ”について詳しく語らなかった。
ただ、毎年お盆になると、誰かが消えることがあると、
あたかも季節の行事のように受け止めていた。






















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