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呪い・祟り

名無しさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

謝罪する人
長編 2025/09/27 00:23 3,795view
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 真人と別れる頃には、空はすっかり暗くなっていた。本当は真人の家に泊まるはずだったのだが、急な予定が入ってしまったため、解散となった。
 等間隔に置かれた暗闇と街灯の明かりを交互に通過する。心地の良い温度が私の全身を優しく包んでくれていた。気を抜けば鼻歌を歌ってしまいそうな程の緩やかさが辺りに充満している。
周囲に建ち並ぶ住宅の中では、多種多様な生活が繰り広げられていると思うと、勝手に今一人歩いている私と対比して、不思議な気分になる。
 不意に自転車が横を通過した。タンクトップを着た筋肉質な男性が、軽快にペダルを漕いでいる。大学生だろう、と予想した。
「きゃっ!」
 突然つま先に何かがぶつかり、私の体は前に倒れた。反射的に体を捻じり、何とか顔面が衝突することを免れたが、思い切り肩を地面に打ち付ける。
バサバサ、とバックの中身が地面に放り出された。
「いったぁ~」
 腰を擦りながら立ち上がり、転んだ要因を探すが、特に物が落ちていたり、地面が凹んでいたりしている様子はない。
――何なのよ、もう。
 やり場のない怒りと若干の自己嫌悪を覚えながら、服を掃い、落ちた物を拾い始めた直後だった。
――ごめんなさい。
 すぐ近くで声がした。
「え?」
 辺りに人はいない。入念に確認するが、人影らしい人影はなかった。
 動悸が早くなる。
 間違いない。あの男の声だった。
 私は拾う手を早め、無造作にバックの中に詰め込むと、急いでその場を後にした。振り返り、自分の転んだ位置を確認してみたが、矢張りそこには誰の姿もなかった。

「それはあんたの思い過ごしなんじゃない?」
 美紀はそう言うと、ストローを口に咥え、メロンソーダを飲む。その分だけ、上に添えられたアイスとサクランボの位置が下がった。
「思い過ごしなのかなあ」

「思い過ごしだよ」
 素っ気ない相槌の後、あんま美味しくないねここの喫茶店のクリームソーダ、と美紀が店を非難した。その声量がまあまあ大きかったので、私はどきりとしてしまう。
「なんていうのかは知らないけどさ、あんたの頭の中にそのオヤジの体験が思った以上にこびりついててさ、それが頭の中でリピートされちゃうんだよ」
――そういうものなのだろうか。しかしまあ、現実的に理解するならそういう風な説明になるのだろう。
 だけども、あの声は確かな存在感を持っているのだ。あれが空耳とか、幻聴とかには到底思えなかった。
「そんなことより、聞いてよ」
 美紀は一段階声量を上げて、身を乗り出してきた。いつの間にか、クリームソーダは机の隅に追いやられている。ソーダはまだ半分以上残っているし、アイスは少し溶けているものの、殆ど食べられていない。
 てか。
 そんなことより?
「彼氏がねー。この前のデートでさあ――」
 また始まった、と辟易した。美紀は隙あらば自分の彼氏の話をする。それは愚痴であったり、自慢であったりと種類は様々なのだが、口を開く度に彼氏の話題ばかりであるから、いい加減うんざりしていた。
 その感情は喉元で殺し、顔には出さないようにする。しかし、吐き出さなかった鬱憤はどんどん身体の中で蓄積していって、苛立ちに変換されてゆく。そうなるともう、彼女のすべてが鬱陶しくなってくるのだ。
――なんで、この子に相談しちゃったんだろう。
 数分前の自分を叱責したい気持ちに駆られる。
――ごめんなさいね。
 頬を舐められたような不快感に、私は勢いよく立ち上がってしまった。椅子が大きな物音を立て、突き飛ばされる。
「どうしたの?」
 美紀はあんぐりと口を開けたまま、怪訝な顔で私を見上げた。
「え…あっ」
 周囲の視線が集まっているのが分かる。私は徐に座りなおすと、コーヒーを流し込んだ。程よい苦味が喉を潤す。だけども、一向に気分は落ち着かなかった。
 またあの声だ。

「どうしたの?」
 美紀は再び尋ねてきた。
「また声が聞こえた」
「声?」
 美紀は眉を顰めた。さっき話したばっかりだろ、と言いそうになる。
「すごい近くで聞こえた…! やっぱり幻聴とかじゃないよ」
「だから声ってなに」
「さっき言ったじゃん」
 ついつい語気が強くなってしまう。美紀はそんな私にぽかんとした顔をした後、「あ~」と締まりのない声を上げた。
「さっきのやつか」
「今、近くで聞こえたんだよ」
 美紀は大袈裟に首を捻り、四方八方に目を配った。それから馬鹿にしたような、呆れたような目つきで私を見た。
「でも、それらしいおっさんいないけど」
「いや、そうだけどさ」
「あのねえ、あんた考えすぎなんだよ。幻聴じゃないとかいうけど、幻覚ってわかってて幻覚見てる人なんていないよ。幻覚は本人から見たら現実で、第三者が幻覚って判断するんだから」
 だからさ、と美紀はソファの背凭れに体を預ける。
「あんたのは幻聴。幻聴っていうと仰々しいけど、まあ私から言わせると、悩みすぎだね。だって私にはそんな声聞こえなかったよ? 真人君だって聞こえてる感じじゃなかったんでしょ? くだらないよ」
 くだらない――。
 その言葉が頭の中でぐるぐると回る。
 美紀は何時もそうだ。何時も自分のことばかりで、人には寄り添わない。こんな女に相談した私が馬鹿だった。ほら、また彼氏の話になってる。何時も彼氏彼氏彼氏彼氏。彼氏だって、どうせお前のことを性欲の捌け口としか思ってないよ。それしか価値がないんだよ、お前は。大して可愛くもないし、性格は終わってるしで、いいところなんかないんだよ。なんだよ、こいつは。
ああ。

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