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呪い・祟り

名無しさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

謝罪する人
長編 2025/09/27 00:23 3,798view
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 予定があるという美紀と別れ、私は近くのデパートを訪れた。新しいワイヤレスイヤフォンを買おうと思ったのだ。私が今持っているイヤフォンは古い上に、ノイズキャンセリングもおまけ程度のものでしかない。果たして、ノイズキャンセリングの質を上げれば、今の問題が解決するのかは甚だ疑問だが、藁にも縋る思いだった。
 イヤフォン類のあるコーナーに着くと、真っ先に目に飛び込んできたのは最新型ワイヤレスイヤフォンの広告ポスターだった。ピンク色の可愛らしいデザインのイヤフォンを今流行りの韓国アイドルが耳に装着している。そこで、その製品がノイズキャンセリングと音質の良さがSNSでも話題になっていたなと思い出す。値段は少々高かったが、これを買えば何故だかすべてが解決する気がして、躊躇することなくそれを購入することに決めた。
 レジに行く前に、一昨日ショッピングサイトで見ていたバックが頭に過って、足が止まる。しかし、同時にあの男の顔も思い出される。ごめんなさい、という声も。
 やはり今までの声は幻聴ではない、と確信する。今記憶の中で再生した声と今迄数回聞こえてきた声の質感はまるで違う。私にだって、それくらいの分別はつく。
 真横を通り過ぎた主婦っぽい女性の視線に気づき、私はレジへの歩みを再開する。兎も角、これであんな声ともおさらばだ――そんなおよそ理論性のない、自暴自棄的な考えに私の体は突き動かされていた。

 私は早速、買ったばかりのワイヤレスイヤフォンを耳に装着した。既に休憩スペースで設定とスマホとの同期は完了させてあった。耳に着けると、接続完了を知らせる機械音が軽快に鳴り、サアという音の後、すぐに周囲の音が打ち消された。その消音効果に私は感動すら覚える。名も顔も知らぬ技術者に感謝の気持ちを伝えたくなった。
 これで大丈夫だろう。
 私はお気に入りのポップソングを再生すると、僅かに音楽に全身を揺らしながら、出口へ向かった。

 デパートのエントランスに近づいて初めて、雨が降っていることに気づく。ざあざあ降りの雨は上がっていた気分を落ち込ませてくれる。雨音は聞こえなくても、降りしきるそれを見れば、雨脚がまあまあ強いことは判った。
 バッグから折り畳み傘を取り出し、建物の外へ出る。雨のせいだろう、温度が低く、肌寒い。傘を開き、雨の中に身を投じた。
 明らかに折り畳み傘では力不足だった。幸いと言うべきか、スニーカーは防水加工だからいいにしても、衣類に雨粒が容赦なく降り注いでくる。気持ち的には速足になりたかったが、雨天の陰鬱な空気が脚に纏わりついてくるようで、思ったように体が動かない。
 イヤフォンから流れる曲が中盤のラップパートに差し掛かり、気分が高揚し出す。スウィング感のあるベースが心地よく、下落しかけていた気分を持ち直してくれる。頭の中で曲のMVを思い浮かべると、さらにテンションが上がった。
――今度のライブ行きたいなあ。
 そんな事を考えていると、唐突に音が離れ、左耳を冷ややかな風が撫でる。
「えっ」
 そんな素っ頓狂な声を上げた時には既にイヤフォンは私の太もも辺りまで落下していた。急いで手で掬おうとしたが、肩にかけたバッグが邪魔して、見事に取りこぼしてしまう。
「ああっ!」
 私の絶叫は叩きつけるような雨音の中に掻き消された。
 ワイヤレスイヤフォンはコロコロと転がり、道の端の蓋のない側溝に落ちた。側溝には水が轟轟と流れており、小さなイヤフォンが抵抗する術はない。水に押されるように流されていくのを小走りで追いかけたが、少し先にあった集水桝に容赦なく呑み込まれていってしまった。

 私はその場に立ち尽くし、暫く雨水を飲む穴を見つめた。傘が後ろに傾いているせいで、雨粒が顔を濡らし、前髪から雫が垂れた。
――ごめんなさいね。
 その声に私は反応しなかった。最早どうでもよいことだった。
 私はもう片方のイヤフォンを毟るように取ると、集水桝の中に投げ入れる。それから、ふらふらと歩き出した。

 私の足は自然と、真人の住むマンションへと向かっていた。最近、『来る前に連絡してくれ』と言われたのを思い出したが、もう携帯を取り出す気力さえなかった。傘も差してはいるものの、ほぼ意味を成さず、全身がぐしょ濡れである。
 先ほどから頻りにあの男の声が聞こえてくる。まるで不憫な私を嘲笑しているかのようだった。
 そうだ。思い返せば、あの声は私が何かに対して厭だ、と思った時に聞こえてきた。なんでそうなっているのかは分からない。もし美紀の言う通り幻聴なのだとしたら、多分私の頭は既に狂ってしまっているのだろう。
 ああ、真人に会いたい。
 その一心で足を動かし、遂にマンションへと到着した。
 エントランスに入ると、どんよりとした薄暗い空間が私を出迎えてくれた。何時も管理人室には誰も居らず、電灯が灯されるのは夜だけだ。退廃的な雰囲気を通過し、階段へと向かう。
 真人は居るだろうか――もし、これで家に居なかったのなら、私はどうしようもなくダメになってしまうに違いない。
 膝を上げる度に足取りが重くなる。濡れた衣服がさらに質量を持つ。
――真人、真人、真人。
 部屋の前に立ち、インターフォンを押した。無機質な呼び出し音が鳴り響く。
 数秒待ってみたが、反応はない。もう一度インターフォンを押してみる。
 やはり反応はなかった。ドアノブに手を掛け、下げ、引いてみる。すると、すんなりとドアは開いた。私はそれに対して、特段の反応を示さず、身体を部屋の中に入れた。
 玄関にも、部屋にも電気が点いていなかった。真人の部屋はワンルームで、廊下とその先に接続された部屋があるという単純な構成をしている。部屋と廊下を隔てるドアがないため、玄関から部屋の様子を見ることができた。
 そこには。
 窓際のベッドで、重なり合う男女が居た。両方とも私の姿を見て、目を見開いている。
「え…なんで…」

 女の方が消え入りそうな声を出す。
「いや、これは…ち、違うんだ…」
 なんだか目の前の光景が現実とは思えず、ドラマを見ている気分だった。私は土足で玄関へ上がると、キッチンに寝転がっていた包丁を手に取った。
「おいおいおい! やめろって! ちげーんだよ!」
 真人の上に居たのは美紀だった。真人は美紀を突き飛ばし、ベッドから飛び出す。一糸纏わぬ彼の恰好は随分と滑稽であった。真人は床に膝を突き、命乞いをする侍のようなポーズを取る。
「なあ、ちょっと弁解させてくれ! なあ! これにはワケがあるんだ!」
 美紀は掛布団で胸元を隠し、ベッドの端に身を寄せている。
「なあ、おい! ちょっと! 美紀、け、けいさ――」
 ぐぇぇっ蛙を踏み潰した時のような醜い鳴き声だった。刃は面白いほどに真人の喉元へ入り込んでゆく。
 ズプズプズプズ。
 赤い鮮血が溢れ出し、真人の全身が不規則に揺れる。
 真人の血走った目が私を見上げた。喉から零れた血はびしゃびしゃと床と私の靴に跳ねた。
 防水加工で良かった、とぼんやり思った。
「あぁああああああっ!」
 美紀の絶叫に顔を上げる。包丁を引き抜くと、真人の体が倒れた。どしゃり、と厭な音がした。
 美紀は最大限に身を壁に押し付け、来ないでと叫んだ。その顔は涙に塗れており、何時にもまして醜い。
「あ、あの…その…!」
 ごめんなさい!
 その言葉に思考よりも先に体が動く。美紀に飛び掛かり、脇腹を一心不乱に刺す。真っ白なシーツが血に染まり、美紀の体がナイフを刺す度、壁に叩きつけられた。
 何がごめんなさい、だ。その言葉は厭だ、と言っただろう。お前は人の話を本当に聞かない奴だ。きもいんだよ。きもいきもいきもいきもいきもいきもい。
 気づけば、美紀はベッドに横たわり、辺り一面は血の海だった。私は荒くなった呼吸を落ち着けるため、ベッドの縁に腰かけた。横に血がべっとりとついたナイフを置き、茫然とそれを眺める。
 清々しい気分だった。何もかもを精算したような、そんな気分。
 私は目を瞑り、顔を天井へと向ける。もうイヤフォンはないはずなのに、お気に入りの曲が聞こえてくる。私はリズムに合わせて足をばたつかせ、鼻歌を口遊んだ。

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