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普通ならば、ここで「ご苦労」などと答礼があるものですが、無言・・・何の返答もありません。この時、兵長とともに部隊を出迎えた7人の衛兵たちも、それぞれが不思議なものを感じていました。
衛兵たちの隊長を務める司令軍曹もまた、困惑しながらこの行軍を見ていました。
彼の長い軍隊生活の中で、こんな深夜に何の前触れもなく軍旗と共に部隊が戻ってくる事などありえなかったからです。
衛兵たちの見守る中、部隊は営門を通り、連隊本部の兵舎の方へと消えていきました。
「い、今のは・・・本当に一木支隊なのでしょうか?」兵長が疑問を投げかける。
「ぐ、軍旗が見えなかったのか貴様は!」と司令軍曹が応えるも、兵長は尚もつづけます。
「み、見えました!・・・が、あれはいったいどういうことなのでしょう・・・皆が皆、小銃に着剣した突撃体勢ではありませんでしたか?」
そこに衛兵の一人である上等兵も加わった。
「確かに皆、野戦でもして来たかのように汚れていたし・・・いや、それどころか下半身は今まさに川を渡ってきたかのようにずぶ濡れで、色が変わっていませんでしたか?」
兵長が上等兵に聞き返します。「顔は・・・顔は見たか?」
「見ました・・・が・・・なんというか、どす黒く・・・無表情で生気がないような・・・自分の知った顔はなかったように思います・・・」
「オレも・・・なんだかまるで影絵の部隊が歩いているような気がした・・・」
だが、司令軍曹はそれらを否定します。
「な、何をバカな! 見ろ、地面には一滴の水もこぼれてはおらんではないか。どうやってずぶ濡れの部隊がここを行進したと言うのか!?」
しかし兵長ははさらに疑問を投げかけます。
「ですが・・・部隊が兵舎に入ったのなら、なぜ明かりが灯らんのですか!? 帰還した兵士たちの賑わう声がどうして聞こえてこんのですか!?・・・司令軍曹殿!」
司令軍曹はそれに答えることが出来ません。
「よし・・・わかった。せっかく帰還してきた部隊だ、疲れて倒れ込んでいるだけかもしれん。ワシが行って見てくる」司令軍曹はそう言って懐中電灯を持って部隊が入ったと思われる兵舎へ巡察に向かいました。
「まるで部隊を亡霊のように言いおって・・・どこの世界に行進する亡霊がいるものか!」
そう言って自分を鼓舞しながら暗い兵舎に向かっていきます。
すると兵舎の玄関では先ほどの部隊の兵士たちが我も我もといった具合に急ぎ兵舎の中に入って行くところではありませんか。
「な、なんだ、それ見ろ。やはり本当に一木支隊が帰って来たのだ・・・。ならばご苦労様と、ねぎらいの声くらいかけてやらねば・・・」
そう思って兵舎の中に入ったものの、やはりそこは真っ暗闇で静まり返っており、兵士など誰一人もいませんでした。
ここで衛兵たちはやっと確信したのです。自分たちが見たのは『亡霊部隊』だったのだと。
「きっと、一木支隊に何かあったに違いない!!」・・・悪い予感が皆の胸に募ります。
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翌22日、この事件は連隊内でも噂として急速に広まりました。
その噂を小耳にはさんで驚いた人物がここにもう一人いました。
彼のことを仮に清太としておきましょう。
清太は旧制旭川中学の5年生で、今でいうとちょうど高校2~3年生にあたる学年です。
現在17歳で、来年には卒業を迎えることになっていました。
その卒業前の学生たちが、たまたま体験訓練としてこの兵舎に宿営していたのです。





















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