俺には不思議な能力が与えられたらしくて、時間を巻き戻すことができる。巻き戻すというか、過去に戻ることができるのだ。しかしそれは指定した日時に戻れるというわけではなくて、きっちり一週間前――七日前と決まっているので、利便性としてはどうなんだろうとは思うけれど、それでもとんでもない能力であることは変わりなくて、中学一年の俺はそれをバカスカ使う。
初めて自分に特殊能力があることに気付いたのは中学の入学式だった。
人とは少し変わったくしゃみをしてしまう俺は、静まり返っている式典の最中に思いっきり変な声を出してくしゃみをした。
教師も含めて大爆笑。
保護者達も俺を指差して笑った。
厳かな雰囲気をぶち壊して、一転、和やかなムードに包まれた体育館だったけれど、俺は尋常じゃない汗を掻きながら下を向き、恥ずかしさで涙が溢れないよう、必死に我慢した。
同時に、「時を戻すことができたらいいのに」と願う。
くしゃみさえしなければ。もう少し我慢できていれば。
悔やんでも悔やみきれない失態を犯した自分を責めながら屈辱の時間を耐えていた俺は、体育館に並べられたパイプ椅子ではなく、自分の部屋のベッドの上に座っているのに気付く。
中学の入学式までをカウントダウンしていた俺はカレンダーの日にちのところに赤いサインペンでバツ印を毎日書いていたんだけど、バツがついている日にちを見ると、どうやら入学式一週間前だと知る。
テレビや新聞も当然一週間前の日付になっているし、親と話していても「あと一週間で中学生なんだから」みたいなセリフを聞かされるので、タイムリープしたことは間違いなさそうだった。
とはいえ、冷静に考えたら過去に戻るみたいなことがあるわけないよなってことくらい十二歳の俺にもわかる。ということは、いわゆるデジャヴとでもいうのか、もしかしたら入学式に出ていたという俺の勘違いというか、妄想に過ぎないだけなのかもしれないと思ったし、そのほうがよほど説得力があったので、俺は夢でも見ていたんだろうとそれから七日間を平和に過ごす。
しかし、訪れた入学式は全て一度見た光景と寸分違わず――かどうかは流石に覚えてないが、でもほぼ同じであることは間違いなかった。
特徴的な教頭の髪型に眉をひそめたのも、なんの教科担当かわからない男性教師はタキシードを着ていて、ハイカラな先生もいるもんだなーみたいな感想を抱いたのも間違いなく二回目で、これこそもう一度同じ経験をしているという紛れもない証左だった。
そして俺は、同じ轍を踏まないことに全力で集中する。
時刻もだいたい覚えていたし、校長の挨拶直前だったこともはっきり覚えていた。
鼻がむずむずしだした瞬間に、ブレザーへと顔を埋めて、音が漏れないようにしながら、できるだけ小さな声でくしゃみをすることに成功する。
こうして俺は無事にその難関を乗り越えることができた。
……それにしても、これはどういうことだろう。
ある日突然、魔法使いにでもなってしまったのか、それとも眠っていた素質が開花したということなのだろうか。
それから俺は、実験的に過去へタイムリープをしてみる。
結果は全て一回目と同じで、ちょうど一週間前に戻されたし、やはりその後一週間は同じことが起きるみたいだった。俺が全く別の行動を取ったらその後に起きる出来事にも変化が起きたのかもしれないけれど、俺は敢えて一回目の時と同じ行動を取ることにした。
未来改変をしてしまうことに対する強い恐怖心があったからだ。
なんとなく、良くないことが起こってしまうのではという予感というか、この能力自体が自分にとって最高に都合のいいものなのに、それを最大限に利用してしまうことに対する忌避感というか罪悪感みたいな感情がどこかにあったんだと思う。
ただ、入学式にどでかいくしゃみをしないという改変を既にしてしまっていながら未来を変えたくないだなんて、今更感しかなかったけれど、あれくらいならまあ許容範囲だろうと、十三歳になったばかりの俺は勝手な解釈で納得していた。
そして、四回目のタイムリープで、俺はふと気付く。
俺の右腕の内側には、生まれた時から無数のホクロがあった。手首付近から不規則に並んだ六つのホクロで、数なんていちいち気にしながら生活してるわけじゃないからなかなか気づかなかったけれど、それが二つになっていたのだ。
元々六つあったものが二つになっている。
ということは、四つ消えたことになる。
俺の人生の中で『四』にまつわることと言えばタイムリープの回数くらいしか思い至らなかったっていうのもあるけれど、でも俺は自然と、残り回数はニ回だけしかないと悟る。
なんとなく分かります。正直きついですよねえ
最後の場面でもう一度過去に戻る的なのを期待したけれど意外にもそのまま逝ったな