T-REXに憧れて

弟はティラノサウルスがもの凄く好きで、小学生のくせにめちゃめちゃ詳しかった。

私は、全然興味がなかったし、誕生日に恐竜図鑑とか特大恐竜フィギュアみたいなのをねだってる弟に「あんたさークラスの子たちがみんなゲームとか買ってもらってるのに、そんなんばっかで遊んでたら友達なくすよ」ってアドバイスするんだけど、弟はというと、「バカだなー。こんなんでなくなるような友達なんていらねーよ」と正論っぽい返しをする。

「ティラノサウルスのどこがそんなに良いの。バッカみたい」って苦し紛れにバカにし返す私に「あのかっこよさがわからないんだもんなー。だから姉ちゃんはバカなんだって。ていうか、女にあのかっこよさは理解できないだろうなー」って男女差別丸出しな反論に私は黙る。

もう知ったことか。勝手に友達なくしたらいいんだ。イジメにあって泣きついてくるなよなー。

っていう私の心配をよそに、普通に学校生活を送る弟だった。

で、私が中学を卒業したら、入れ替わりで弟が中学生になる。

相変わらずの恐竜フリークで、部活もやらず、放課後に友達と遊びに行くこともなく、ひたすら恐竜関連に時間を費やす。

両親は心配してなくもなかったけど、学校の成績もまあまあいいし、友達も全くいないわけじゃなさそうだし、担任からの生活態度の評価も悪くはなかったから、まあいずれ飽きるだろうみたいな感じで放置していた。

でも、弟はだんだん変な方向にいってしまう。

恐竜全般が好きなのは間違いないらしいんだけど、中でもティラノサウルスに対する執着が凄くて、理由は「最強だから」とのこと。

まあ、男子って強いものに対する憧れが凄まじいみたいだし、それ自体は別に悪くはないんだけど、中3の夏休みにネットの掲示板とかSNSで、「ティラノサウルスって弱くね？」みたいな意見と衝突する。

顔を真っ赤にしながらガチャガチャキーボードを叩いて反論するんだけど、生物学的にティラノサウルスのほうが弱いって根拠があるみたいに言われてなんかソースのリンクを貼られてしまうと、流石に中学生の弟はやり込められてしまう。まあそのリンク先の情報がどれだけ正しいのかは素人の私には分からないけど、でもまあそれなりに説得力はあるんだろう。

そんなやり取りがあって、意気消沈してるかと思いきや、弟は狂ったようにパソコンで恐竜のことを調べまくる。夏休みだから何時まで起きててもいいけど、多分ほぼ不眠で、一週間くらいぶっ通しで何やらカチカチやってた。

流石に両親も私も、あんたいい加減にしなさいよって注意するんだけど、「オーケー。オールオーケー」とか言いながらベットに移動したと思ったらすぐに寝息を立て始めて、そこから四十時間くらい眠る。

で、夏休みも残り十日ってところで、めちゃめちゃ筋トレをやりだす。

なにしてんのこいつって冷めた目の私と、身体を動かすことに目覚めたのは素晴らしい成長だみたいな歓喜の両親とは対極の反応だったんだけど、どうせ三日坊主で終わるだろと思ってた私の予想は裏限られて、二学期が始まっても冬休みになっても、高校生になってもそれは続けられる。

やり始めは腕立て十回でもキツそうだったのに、高一で百回、高三で三百回くらいやってて、ほんとはもっとできるけど、他のトレーニングもしないといけないからとか余裕の発言。

何やってんだかって呆れつつも、アスリートみたいな筋肉をどんどん蓄えていく弟を尻目に、私は就職を機に実家を出る。

特に興味もない家電量販店の社員になってしまったことを後悔したのは初日だったんだけど、でもまあ世の中の人ってほとんど興味がない仕事してんだろうなーとか自分に言い聞かせなから、気付けば三年が経つ。

ほとんど実家に帰ってなかったから、別店舗に移動になったタイミングでずっと使ってなかった有給を取って、二年振りくらいに実家に帰った。

両親は全然変わってなくて、ちょっと白髪が増えたかなとか、なんか身長縮んでない？みたいな笑い話をしてるところに、「よお」と、声が掛かる。

「……」

私は無言で、相手の顔をじっと見る。

「はは、なんだよ、久々だからって弟の顔忘れんなよ」ってそいつは言う。でも私はそいつを知らない。

お母さんはぎこちない笑顔を貼り付けたまま固まってるし、お父さんは深く頭を落として新聞で顔を隠す。

「あの、え、どちら様……っていうか、なんですか、あなた」

私は、初対面であろう人に、超失礼な質問をする。

「ひでー。ちょっと姉ちゃんの冗談笑えねーんだけどー。親父もフォローしてくれよー」ってそいつは言う。

「んん……？　ああ、まあ、うん」みたいに歯切れの悪い相槌を打つお父さんはやっぱり新聞で顔を見えなくしたままだ。

「俺、そんなに変わったかなー。自分だと、なんかそういうのって意外と分からないもんだからなー」