私は、そいつを見る。
そいつは――弟であると宣うそいつは、人間の顔をしていなかった。
凄く簡単に言えば、爬虫類みたいな顔だった。
皮膚は茶色でカサカサで、いかにも硬そうな感じ。目はギョロっとしていて、でかいビー玉みたいなのが眼窩に嵌め込まれている。両耳はなくて、口元は前に伸び、笑う度にギザギザの歯が覗く。
髪はなく、頭は不気味にデコボコしてて、本当に私と同じ形の脳みそが入ってるのか疑わしい。
何より不気味なのは、首元まではその爬虫類系なのだけど、そこから下は人間の身体なのだ。
しかも、ビキビキと軋む音が聞こえてきそうなくらいに、ガッチガチに鍛えられていて、こんなの格闘漫画でしか見たことないよってくらいに、筋肉がパンパンに膨れ上がっている。
「俺、ちょっと出かけてくるからさ。姉ちゃん、暫くいるんだろ? じゃあまた後で話そうぜ」ってそいつは気障っぽく手を上げて玄関から出ていく。
無言のリビングは、誰が最初に静寂を破るのかみたいな緊張感があったけど、私はそんな空気なんてどうでもいいとばかりにストレートに訊く。
「誰あれ。ていうか、何あれ」
両親は揃って目を閉じる。で、目を開けずに「……お前の弟だよ」って絞り出すようなお父さんの声が、私に衝撃を与える。
どうやら、弟は恐竜にのめり込みすぎたらしい。
以前ネットで口論になったとき、相当悔しかったとかで、ティラノサウルスが最強じゃないって事実を突きつけられた結果、「俺が最強にしてやる」とか言い出して、ティラノサウルスを最強にしようと奮闘していた。
筋トレをしてるのは知ってたし、なんかそういう恐竜関係の動機なんだろうなーとは思っていたけど、ティラノサウルスを最強にするとか馬鹿みたいな理由だとは知らなかった。
スピノだとか、ギガノトだとかの強そうな恐竜の研究に日夜没頭し、とにかく身体を鍛えまくった弟は、なんの予兆もなく、いきなり整形手術をして、顔を爬虫類――もとい、恐竜にした。本人はティラノサウルスのつもりなんだろうけど、ティラノサウルスではないんじゃ……ってツッコミはタブーで、そんなことを言ったら怒り狂うらしいのだ。あの筋肉で暴れまわるところを想像すると、死人が出そうな気もしてしまう。
「ただいまー」という声で、両親はピリっとするけれど、声の主である爬虫類男は「いやー今日も見つかんなかったわースピノ」と明るい口調で言う。
私はなんか力が抜けてしまって、とりあえず弟であるらしい生物に確認する。
「あんた恐竜捜してんの?」
「そうだよ。姉ちゃんも手伝ってくれるか?」
「やだよ。で、もし見つかったらどうすんの?」
「もちろん殺すよ」
「……殺してどうすんの」
「俺が最強だって知らしめるんだよ」
「誰に?」
「世界に」
「……あっそ」
とりあえず、こいつと同じ理由で爬虫類に整形した人間がいないことを祈りつつ、予定を早めて帰ろうと決めた。

























世の中には悪魔になりたいからって角を埋めたり牙を移植したりする人もいるし、好きを拗らせてしまうとどんどん深みにハマっていくんだろうな