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不思議体験

入月麗奈さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

私はあなたの雨女
長編 2025/07/11 14:56 1,573view
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すると、「ちょっと体調悪くて……」と、当然のようにびしょ濡れな女は言った。

「こんなに雨に打たれてたら、そりゃ風邪引くだろ……」って、ちょっと説教する感じで口に出してしまったことを後悔しつつ、救急車を呼ぶべきか迷っていると「すみません、家まで送ってもらってもいいでしょうか……?」と心底申し訳なさそうな顔で頼まれたんだけど、俺は迷ってしまう。緊急事態だし、言われた通り送ってあげるべきなんだろうけど、冷静に考えると、これ、美人局的なことになったりしないか? とか、そもそもセクハラで後から訴えられたりしないかな? とか、余計なことを考えてしまい、どうしたものかなと黙ったまま固まる。

「すみません……玄関までで大丈夫なので」と言われ、ほんとに辛そうに見えたし、俺は彼女の頼みを聞き入れ、肩を貸してゆっくりと立ち上がらせた。

ただ、予防策ってわけでもないけど、俺はこっそりスマホで動画を撮らせてもらうことにした。もちろん、あとでセクハラだとかを疑われても証拠になるように。

彼女を支えるのとは反対の手で、二人の顔と上半身が映るようにスマホを持ちながら、彼女の自宅アパートへと歩き出す。

道中、女は無言だった。先週会った時はあれだけ饒舌にワンポの蘊蓄を語っていたのに、完全に沈黙している。当然だ。街灯に照らされた顔は蒼白だったし、身体も冷え切ってしまっていて、体温なんてないんじゃないかってくらい冷たい。

これ、ほんとに救急車呼ばなくていいのか?って疑問に思ったが、もしかしたら家に家族や知人がいるのかもしれないし、その人に託せばいいだろう。本人がそれでいいと言うのだから、それでいいはず。

五分もしないで目的のアパートに着き、約束通り玄関前で俺は辞することにした。「よかったら上がってください」っていう誘いも断って、「本当にヤバくなる前に病院行ったほうがいいよ」と助言を残して踵を返すが、彼女もそれ以上は引き留めようとはしなかった。

それ以来、一度もその女には会うことがなかった。

ひとつ、後味が悪かったのは、帰宅後にスマホの動画を確認してみたんだけど、あの女、笑ってたんだよ。カメラ目線でさ。
あの時、彼女は俯いてたから俺には表情が見えなかった。でも、斜め下から映してたスマホにはその笑みが映り込んでしまっていた。

いや、意図的に笑ったんだろうな。スマホで撮影されてるのがおかしかったのか? 慎重過ぎる俺が滑稽だったのか? 真意は分からないけど、動画を観る度あの時の記憶が鮮明に蘇るんだよ。何回観ても。何十回観ても何百回観ても何千回何万回観ても変わらなかった。昨日も、一昨日も、先週も、先月だってそうだったんだ。

ほんと嫌な思い出だぜ。

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