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不思議体験

入月麗奈さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

私はあなたの雨女
長編 2025/07/11 14:56 1,575view
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「あたし雨女なんだ」って高校の時付き合ってた彼女が言ってて、「じゃあ砂漠の街に行ったら喜ばれるんじゃん?」なんて返して不機嫌にさせたことがあったけど、二十歳の夏に俺は本当の雨女に出会う。

たしか、8月の頭頃だったかな。

この時は読みたい漫画もめっきり減っちゃってたから、はじめの一歩だけを読むために、毎週マガジンの発売日になると近所のコンビニで深夜に立ち読みしてたんだけどさ、その日――雨女に初めて会った日のマガジンにははじめの一歩が載ってなかったんだ。

また休載かよーなんて言いながらふと窓に視線を移したら、窓越しに女が立ってんの。

特に変わった感じじゃなかったっていうか、美人でも不細工でもない、ほんと特徴のない顔立ちでさ、真顔でこっち見てたんだ。

店内を見てるんじゃなくて、思いっきり俺と目が合ってたから何か言いたいことでもあんのかな? って思いつつ、無視した。

変に絡んで痴漢呼ばわりされるのも損だし、まあ知らない女に声かけるような軟派な男でもないから俺は。

んで、次の日の朝飯とか適当に買って外に出たら、まだその女が立ってたんだよ。

五分も経ってないから、そんな長時間ってわけでもないんだろうけど、まだいたのかよって思わず言いそうになったよ。

でさ、ビックリしたのはそいつがいたことだけじゃなくて、びっしょりだったことなんだ。

頭から爪先まで、びしょびしょなんだよ。

なんでこんな濡れてんだよってちょっと引いたんだけど、理由は単純明快だった。いつの間にか雨が降ってて、それも結構な雨脚の強さだったから、そりゃあ傘もささずにいたら濡れるわなって。

で、その女、俺のことじーっと見てんの。

もしかして財布忘れたから、傘を買ってくれってお願いでもされんのかなーとか呑気なこと考えてたら、「面白いですよね、はじめの一歩」って言ってきたんだ。

は? 何言ってんの? はじめの一歩? ってちょっと混乱気味な俺に、「私も好きなんです」ってそいつは続けた。

「あ、そうなんですかー」って返答しながら、もしかしてこの女も俺と同じで毎週一歩を立ち読みしに来てるんじゃないだろうなって思って、「毎週読んでるんですか?」とか訊いてみた。

そしたら「単行本派なんです、私」って、ちょっとだけ笑みを浮かべたんだけど、笑うと意外と可愛いんだなーとか、やっぱり俺はちょっと呑気。
それから、雨宿りのついでみたいな感じで、俺はコンビニの前で女と話した。

どうやらほんとに一歩ファンだったらしく、俺の知らないキャラの名前を出してきたり、何巻の何ページのあのシーンが好きとか、マニアック過ぎんだろって知識を披露してくれて、にわかファンの俺はなぜか後ろめたさを感じたりもしたけど、でもなんか楽しそうに話してるからいいかなーって、何となくスマホで時間を確認したら一時間以上経ってて、雨も止んだしそろそろ帰ろうかーって言いながら俺は手を振りつつその場を去る。

「またね」もなく俺たちはさよならして、なんか変わった女だったけど、もう二度と会うこともないだろうなという俺の予想は一週間で裏切られた。

その日も俺はコンビニに行ったんだ。時間は夜中、一時過ぎくらいで、客は俺しかいない。ページ数も控えめな一歩を俺は二分くらいで読み終え、目次の作者コメントでも読むかなーとペラペラ捲りながら、ふと視線に気付く。

前回と同じだった。窓越しに、女が俺を見てた。一度話してるし、もう知り合いだよなーと思って俺は軽く会釈するんだけど、向こうは真顔のまま、微動だにしない。あれ、俺って気づいてないのかな? というか、忘れちゃってるのかな? それならそれでいいけど。で、サンドイッチとカフェオレを買って外に出ると「一歩、どうでした?」って声をかけられる。

えー、やっぱ覚えてんじゃんというのは心の中で思うだけにして、「まあまあかな」って当たり障りのない感想を話した。

一話で劇的に展開が進んでいくような漫画でもないからっていうのもあるけど、単行本派の彼女にネタバレしたくもなかったから、色々濁しつつ話すと、やっぱり俺より詳しいからなのか、この先の展開を予想して聞かせてくれる。しかもそれが結構説得力あって、俺は聞き入ってしまう。

いつの間にか雨が降っていて、今更ながら俺は気付く。また濡れてんじゃん。ていうか傘持ち歩けよ。いや、俺も持ってきてないから同じか。

話してるうちに時間はどんどん過ぎていって、また一時間以上経過してる。だいぶ小雨になってきたから、「風邪引かないようにね」と伝え、俺は帰る。

それからも何度か同じことがあって、やっぱりずぶ濡れな女は、俺の知らない一歩の豆知識を一時間に渡り教えてくれた。

なんだかよく分からないけれど、ルーティンぽくもなってしまって、女が濡れていることも、なぜか毎回窓越しに俺を真顔で見てることも気にならなくなりつつあったある日、そいつはコンビニに現れなかった。

九月も終わりに近づいてて、半袖じゃ肌寒さを感じる深夜、雨の降る中コンビニ帰りの俺は自宅近くの道で壁際に蹲るようにして座り込んでいる女を見つける。

背格好も服装も、どう考えてもあの女で、俺は躊躇せず「大丈夫か?」と駆け寄る。

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