いつも、海辺から見えるあの神社が不思議でしょうがなかった。漁師町に住んでいる私は、当然家が海沿いにあるわけだ。沿岸部にある小島に、ポツンと佇む小さな神社。生まれてから17年と半年、この街の全てを知り尽くしたと思っていたが、その神社だけは行ったことはおろか、名前すら知らないのだ。
ある晩、夕食の時に家族に聞いてみることにした。
「なあ、あの小島の神社、名前なんて言うん」
だがその声は家族団欒の声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。私が声をかければかけるほど、家族の声はまるで私をハブるように大きなっていき、もういいや、と部屋に戻った。
部屋に入った瞬間、私は思わず嗚咽してしまった。窓にカエルがぶつかって死んでいたのだ。生きたまま強く投げつけられたような感じでグロテスクだった。
田舎町なので、近所間のイタズラとか、そういったものとは無縁だった。とりあえず、親に報告しようと、リビングに戻った。
そこに家族はいなかった。部屋に帰ってからリビングへ戻るまで、一分も経っていない。父の部屋も母の部屋も祖母の部屋も兄の部屋も見てみたが、どこにもいなかった。車に乗った形跡もない。先ほどのうるささが嘘のように、家には誰一人として家族がいなくなっていたのだ。
不気味に思いながら部屋に戻ると、ドアにメモが貼り付けられていることに気づいた。
『この約束を守ってください
①二度とその神社の話題を出さないでください
②家族を探さないでください
③今夜、家の窓からあの神社を見ないでください
④今夜日が昇るまで、家から出ないでください』
それは間違いなく、父の筆跡だった。そしてこのメモの下に、達筆な筆でこう書かれていた。
『決して家族を探すな!!!』
私は血の気が引いた。家族がいないのに、まずい状況になっているだけではない。なんなら、今現在の状況は私もよく把握していない。今一番懸念すべきことは、私がすでに家族を探してしまっていたことだ。
部屋のドアの前。しかし、部屋の中に何がいる気がしてならなかった。死角になっている場所全てに何かがいる気がする。私は下手に動くことができなかった。
気がつくと、私は立ったまま動けなくなっていた。金縛りのようにだ。指がぴくりと動く程度で、どこかに隠れられるほど体は動かなかった。
次第に、自身の周りから足音がするようになった。スタ、スタ…と。自分の部屋の内側からも聞こえてくる。時間が経つごとに、それらは一人、二人、三人と増えていった。十分経つ頃には、七、八人はいたと思う。
十五分が経過した。そろそろ立っているのもキツくなってきたし、金縛りよ、終われ!と強く念じた。怖くてもいいから、座れて隠れられる場所に逃げたい。
そう思っていると、突然後ろから、肩を叩かれた。
金縛りが嘘のように、本能的に体が動いた。
そこにいたのは父だった。
「おいおい、俺のこと探してたんだろう。
ところでお前、回転寿司に行かないか。
お兄ちゃんも、お母さんも、おばあちゃんも、
一緒に行くぞ。
車を出すから、出かける準備をしてくれ。」
そう声をかけてきた。私にはわかった。これは父ではない。あまりにも無機質で機械的な声だ。しかも、この辺りに回転寿司はない。港町なんだから、安く職人が握った寿司を食えるんだ。何よりあのメモには、「外に出るな」と書いてあった。
目の前にいる父のような何かに、私は黙った。するとまた、父は話し出した。
「おいおい、俺のこと探してたんだろう。
ところでお前、回転寿司に行かないか。
お兄ちゃんも、お母さんも、おばあちゃんも、
一緒に行くぞ。
車を出すから、出かける準備をしてくれ。」
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