その夜は、仮眠するだけのつもりだった。
報告書の提出が遅れて、始発まで帰れなかっただけだ。
高層ビルの24階。空調は止まり、誰もいないオフィスは、ただ静かだった。
備え付けの仮眠室で目を覚ましたのは、午前六時。
始業には早いが、そろそろ清掃の音がしてもおかしくない時間だ。
だが、誰もいなかった。
フロアに灯りは点いている。自分のデスクには昨日と同じように資料が山積みで、PCもログイン状態のままだった。
ただひとつ──机の隅に置かれていた名札だけが違っていた。
自分のものではない。
「武田〇〇(1997入社)」とある。
その人物の名は、名簿に見当たらなかった。
コピー機が自動で動きはじめた。
誰も触れていないのに、白紙に「未処理」とだけ書かれた紙を吐き出し続けている。
止めようとしても止まらなかった。
出ようとしたが、エレベーターが動かない。
非常階段に出ると、どこまで下りても「24階」のプレートだけが現れた。
戻ると、会議室に人影があった。
背広姿が三人、座っていた。
顔は見えない。声も聞こえない。
ただ、ホワイトボードには「次の交代者が必要です」と書かれていた。
私は席に戻り、PCを開いた。
画面には「ログイン名:武田〇〇」とあった。
マウスを動かすと自然にスケジュールが開き、昨日の予定がすべて自分の字で埋まっていた。
ああ、そうか。
まだ終わっていなかった。
処理を、済ませていなかった。
いまは静かに、業務に戻っている。
このフロアにいるのは私だけだが、誰かが見ている気がする。
それはきっと、次に来る誰かだ。























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