最後の夜、彼が階段を降りようとしたとき、空き部屋のドアが、音もなく5センチほど開いていたそうです。
怖くてそのまま駆け下りた彼の背中に、風のないはずの廊下で、ぬるい息のようなものがかかったと——そう言っていました。
—
その後、彼が引っ越したあと。
何かに導かれるように私は、そのアパートの前まで行ってみました。
午後3時、太陽の高い時間帯なのに、建物の一角だけが妙に暗く沈んで見えました。
そして2階の端のドアの前、誰もいないはずの場所で——
私の“黒い影”が、ゆっくりと動いたのが、視界の端に映った気がしました。
まるでその場所を、静かに封じに来たように。
—
私は確信しています。
あの“目”の正体は、外から覗いていたのではなく、内側に入ろうとしていた存在でした。
佐々木くんが気づくよりずっと前から、部屋の中に“いないふり”をして潜んでいたのかもしれません。
そして、私に話が届いたとき、私の影が、それを見つけたのだと思います。
——黒い影は、いつも黙っている。
でも、必要なときにだけ、境界の前に立つ。
そんな存在に、私は今も守られている。
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