そんなある日、僕の友人である××から、電話があった。
電話の内容は、テレビドラマの撮影のバイトをことになったのだが、他の用事ができてしまい、代わりに僕にその撮影のバイトに参加して欲しい、というものであった。
話を聞いた時は、長い期間拘束される事が面倒で断ろうと思ったのだが、そのバイトの詳細を聞いて、僕の気は変わった。
なんと、そのドラマの撮影舞台に、例の屋敷が使われるというのだ。
バイトの内容は、その屋敷での撮影のアシスタントを行う、というものだったのだ。
僕が長年抱えていた好奇心を満たすチャンスかもしれない。
恐怖を味わう、なんて大それたことは期待しないが、ちょっとした怖いもの見たさと、スリルを味わえた上に、小金を稼げるなら、悪くはない。
そう思った僕は、××の代わりに撮影のバイトに参加する事を決めた。
バイトの当日。町のテレビ局に、撮影の関係者が集まった。
ここから町外れの屋敷にテレビ局のバスで移動する。
僕はバスの中で台本を渡され、ザッと目を通す。
ドラマの大筋は、一時流行ったホラーモキュメンタリーだった。
モキュメンタリーとは、映画やテレビ番組のジャンルの1つで、架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法を用いて行われる種類の映像作品を指す。
有名な作品として、古くは『ブレ○ウィッチプ○ジェクト』や『パ○ノーマルアクティ○ティ』等の低予算ホラー映画が挙げられる。
ドラマの内容を把握した後、僕は台本の表紙に目を向ける。
そこには、簡素な文字で、今回のドラマの題名が記してあった。
『括リ姫~呪われた撮影~』
それが、これから向かう屋敷に出ると言われている幽霊を題材にしたドラマの名前なのか…。
…移動中のバスの中、知り合いもおらず緊張した面持ちで黙っていると、隣に座る男性が話しかけてきた。
顔立ちが良く、おそらくドラマに出演する俳優なのだろう。
「ねえ、今日の撮影現場は、本当に幽霊が出るという噂なんだよね。どんな噂か、知ってる?」
緊張していた僕は、スムーズに返事が出来ず、
「え、えっと、あの…。あまり詳しく…。」
と、しどろもどろな返答をする。
僕の返事に、男は、
「あ、驚かせちゃったかな。ごめんね。」
と頭を下げ、
「僕の名はカトウ。これでも俳優やってるから、知ってて貰えれば嬉しかったんだけどな。」
と、カトウと名乗る男性は気さくに返事を返す。
「あ、す、すみません。」
慌てて謝る僕に、カトウさんは、表情を崩し、
「いやいや、冗談だよ。しがない売れない役者だからね。知らなくて当然だよ。」
と、笑顔で頭をかく。
気を悪くした様子はない。
「あ、けど、どんな撮影でも自分のベストを尽くして、いい作品ができるように頑張るつもりだよ。」
気さくで感じの良い人だ。
僕はカトウさんに好感を覚える。
僕とカトウさんが自己紹介をしていると、
「あ、あの、飲み物です。良かったらどうぞ。」
と、女性の声が割って入ってきた。
「ま、まだ現場に着くまで時間がかかるそうで…、差し入れのお茶です!」
そう言って、女性は僕とカトウさんにお茶の入ったペットボトルを手渡す。
僕は、「ありがとうございます。」
と頭を下げる。
とても可愛らしい人だった。
「悪いね、マナミさん。でも、お茶配りならスタッフに任せればいいのに…。」
と、カトウさんはマナミと呼ばれた女性に言う。
「いえ、何かしてないと落ち着かなくて…。」
「そうですよ、マナミさん。役者さんは、現場に着くまで休んでて下さい。それぐらい私がやりますよ。」
年配の女性の穏やかな声が割り込んで来た。
この年配の女性は、どうやらスタッフのようだ。
「はい…。」
マナミさんはしおらしく頷き、僕らの近くのシートに、ストンと座る。
「マナミさんも、もうベテランに入る人なんだから、もっとドッシリ構えてなきゃねぇ。」
カトウさんは、マナミさんをからかっている。顔見知りなのだろう。
スタッフの女性も、
「そうですよ。いつも自分の事は後回しにして…本番前に疲れちゃいますよ。…でも、いつも助かります。」
と、シートで小さくなっているマナミさんを労う。
僕は照れ笑いするマナミさんに、興味を持った。
僕らがそんなやりとりをしていると、
「ねえ、まだ着かないの〜。」
不自然に語尾を伸ばした声がバスの中に響く。
「ちょ、ちょっとミキさん。車内でそんな大きな声出しちゃダメよ。」
僕たちの前の席で、茶髪の女性と30歳代ほどの女性が会話を交わしている。
どうやら、茶髪の女性は女優の一人で、もう一人の若い女性はスタッフのようだ。
「だって〜、もうお尻が痛いし〜。トイレも行きたいし〜。」
「もうちょっとの我慢ですよ。」
だいぶワガママな女優さんらしい。隣の女性スタッフが必死になだめている。
「ところでさ〜、これから行く屋敷ってさ、いわゆる『曰く付き』なんでしょ? どんな噂があるのかしら?」
茶髪の女優…ミキさんが若い女性スタッフに質問する。
「私も詳しくは知らないんですよ。えーっと、誰か知ってそうな人は…。」
と女性スタッフは周りを見渡す。
僕も、屋敷の噂の内容を詳しく知っておきたかった。
そこで、事情を把握してそうなカトウさんに、噂の内容を聞くことにした。






















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