俺の名前…、仮にCとしよう。
俺がAに出会ったのは、ある月夜の晩だった。
その夜。
俺は友人のBと、一人の背広の男と対峙していた。
いや、対峙ではないか。
友人のBは、冷たいアスファルトの上に仰向けに倒れている背広の男に馬乗りになっていた。
友人のBが握る拳は、背広の男性の鼻血で汚れたいた。
殴り続けられる背広の男が誰かって?
知らない。
繁華街の中、人通りの無い小道を歩く背広の男がいたから、暗がりに引き込み、路地裏で暴行を加えていただけだ。
勘違いしないで欲しいのだが、男を殴りつけているのは、俺ではない。
俺は暴力は嫌いだ。
仰向けに倒れる男の上に馬乗りになって、拳を振りおろしているのは、Bだ。
俺の友人であるBは、人を殴ることが、蹴ることが、踏み潰すことが、大好きだった。
だから、人を殴るのは、Bの役目。
俺の役目は、相手を探し、一連の暴力行為が終わるまで見張りをすること。
そして、転がる男の服の中から出てきた財布の中身を確認する事だ。
これが俺達の憂さ晴らし。『活動』だ。
体力馬鹿のBは肉体労働。
俺はクールに頭脳労働。
なんと合理的な役割分担。
まさに適材適所。
仰向けに横たわる背広の男を、小山のような体格のBが馬乗りになり、その硬く巨大な拳を振り下ろす。
拳が男の顔に埋まる度に「グチャ」とした音が鳴り響く。
心地いい音だ。
俺は暴力は嫌いだ。
だが、人が壊れる音は好きだ。
ふと、Bが動きを止め、のっそりとその巨体を起こした。
終わったようだ。
俺は、地に伏す血だらけの男に近づく。
男の顔面は赤黒く血だらけだ。なんとも汚い。
俺は懐からカメラを取り出すと、横たわる男の姿をカメラに収める。
暗がりに一瞬、カメラのフラッシュ光が瞬いた。
何の為に写真を撮るかだって?
記念写真みたいなものだ。
まぁ、趣味の一環である。
俺は、満足げな笑みを浮かべると、カメラを懐に仕舞う。
その時、Bが俺に向かって、声をかける。
「…おい。C。」
名前を呼ばれた俺は、Bに目を向ける。
Bが、闇に染まる路地裏の更に暗がりを指差した。
俺は、Bの指が指す方角に目を向ける。
その瞬間、暗がりの中で小さな影が動いた。
「ねえ。」
影が声を発する。
女性の声だった。
「誰だ!」
暴力がもたらす興奮がまだ収まらないBは、声のした方向に向かって吠える。
そのBの声に反応するかのように、暗がりの中から、小柄な女性が姿を表す。
美しい女性であった。
しかし、凄惨な暴力の光景に不釣り合いなその女性の姿は、…異質であり、ある種グロテスクでもあった。
「あなた達。面白そうな事、してるのね。」
臆することなく、女性はBに歩み寄る。
Bの視線は、その女性を直視している。
いや、その女性の美しさに見惚れているようだった。
その女性は、Bの手を自らの手で握った。
女性の手が血で汚れる。
だが、女性はそんなことはまったく厭わず、Bに語りかける。
「あなた、とっても素敵ね。」
それが、俺達と、Aの出会いであった。

























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